第126話 それぞれのエルフ達~アルネ編・後編~



「大丈夫ですよ。オーガくらいならすぐに終わりますから。気にせずそのまま行って下さい」

「で、でも……いえ、わかったわ。……その魔力……只者じゃないようだからね」

「ははは。普通の冒険者ですよ」

「……普通、ではないな……」


 人間の暢気な言葉に、オーガから逃げるのを忘れて走る足が緩む。

 その間にフィリーナはその人間の事をあの眼で見たようだ。

 フィリーナが人間を見て額から汗を流している……そこまでの事なのか?

 俺から見ても異常なのはわかる……あの頭にくっつけてるのは一体何なんだ……?

 ただの飾りじゃない事はすぐにわかる……が、あれが一体何者なのか……まさか……。

 そんな事を考えながらも、俺達は後ろから迫るオーガから逃げるためその場を離れた。

 尋常じゃない人間のようだから、オーガを任せても大丈夫だろう。

 不思議と、先程までの危機感は無くなり、俺達は命からがらにオーガから逃げ切った。


「何とか逃げ切れたわね……」

「ああ……だが、あの人間達は大丈夫だろうか……」


 尋常じゃない人間であることがわかっても戦えるかどうかはわからない。

 俺達は集落が優先、だからあの人間達に任せて逃げたは良いが、さすがに後味が悪いな。


「大丈夫よ。私から見た限り、あの人間とくに男の方ね。あれがオーガなんかに負ける事はないわ」

「そうなのか?」


 俺から見ると、男の方は旅慣れて無い何の変哲もない人間に見えた。

 一緒にいた女の方が旅や魔物相手に慣れてる雰囲気だった。

 ……頭にくっ付けてる生き物のせいで普通の人間じゃない事くらいはわかるが……。


「あの魔力は人間が持っていられるものとは考えられないわ。私達エルフでもあれ程の魔力を持つ者なんかいないわよ、絶対」

「そんなにか……」


 フィリーナの眼は確かだ。

 エルフは生まれながら魔力が高いため、他人の魔力にも敏感ではあるが、フィリーナはそれがさらに顕著だ。

 そのフィリーナが言うのであれば、間違いないだろう。


「あの人間達が言ってたのはあれね」

「ああ。確かに人間が野営をしているようだ」


 オーガから逃げ切った俺達は、先程の人間が言っていた方へ走る足を緩めながら進んだ。

 木々が途切れる端の方に、布で張られたテントとたき火の煙が立ち上っていた。


「とりあえず、行って見るか」

「そうね。走り続けて疲れたしね」


 オーガから逃げる時は全力だったため、動けない程ではないが十分に披露している。

 先程の人間の仲間たちなら、俺達の事を邪険にはしないだろう。

 少しだけでも休ませてもらえるならありがたい。

 俺達は野営地に行き休む事にした。

 野営地には、子供が一人と女が一人、どちらも人間だ。

 子供の方は、俺達を見て歓迎するようにはしゃいでいる……無邪気なものだ。

 女の方は、逃げて来た俺達をたき火の傍に座らせ、飲み物を差し出してくれた、ありがたい。

 ……しかし、こんな所に子供連れで来るとは……一体この人間達は何をしているのだろうか?


「帰ったよ」

「お帰りなの、リク!」

「お帰りなさい、リクさん」

「……えっと」

「……早いわね……もうオーガを?」

「ええ、しっかり倒してきましたよ」


 俺達が座って落ち着き始めた頃に、先程の人間達が帰って来た。

 しかし、この短時間でオーガを3体も倒したと言うのか……?

 逃げて来たんじゃあるまいな……しかし、逃げられるような状況でもないはずだからな……。

 俺が頭の中で考えているうちに、フィリーナとその人間の男の間で会話が進む。

 フィリーナが大量の魔力を持っている事を問い詰めようとしているが、男の方は暢気に笑って食事を勧めて来た。

 ……そう言えば、オーガ達から逃げるのに必死で、まだ食事を取って無かったな……しかし、携帯食の干し肉は不味いんだがな……

 とは言え、食べないと体がもたないだろう。

 干し肉を出した俺達とは違い、人間達はしっかりとした料理を用意したり、なにやらパンを取り出した。

 この場所でそんな物が用意出来るなんて……ここは人里からかなり離れてる場所だぞ……どういう事だ?


「……すまない、物欲しそうな顔をしてたようだ。それは君が食べ……」

「頂くわ!」


 物欲しそうに見てしまった俺が、人間に謝ろうとすると、横からフィリーナが遠慮などどこかに忘れて来たように、人間達が食べようとしていたパンを受け取った。

 ……お前は……。

 結局俺までパンを頂いて食べる事になった。

 パンは美味しかった……あんな美味しいパンは今まで食べた事が無い……これが人間の料理技術か……。

 食後はお互いの自己紹介。

 男の名前はリクと言うらしい。

 その他、俺達を助けに来た女はソフィー、野営をしていた女がモニカで、子供がユノ……か、覚えたぞ。

 ユノ以外が冒険者として活動しているらしい。

 ……この人間達がフィリーナの言った通りなら、集落を助けられるかもしれないな……。


「エルフの集落は今、魔物達に襲われている」

「そうなの。私達だけだと集落を守るのが精一杯なのよ」


 俺達はリクにここにいる理由を話した。

 集落が魔物に襲われている事、エルフだけではどうにもできないため、人間に助けを求めようとしている事だ。

 しかしリク達は驚く事に、俺達が話した内容……エルフの集落が魔物に襲われている事を知っていたと言う……何故だ。

 リク達が集落の状況を知っている理由がはっきりとはわからなかったが、リク達はエルサ……いや、エルサ様とエルフの集落を救出するためにここにいるのだと言う。

 渡りに船とはこの事なのかもしれない。

 私達エルフが神として崇めるアルセイス様の加護がフィリーナに付いているのだという話もあったが、それ以上に驚く事があった。

 リクと言う人間はドラゴンとの契約者だと言うのだ。

 ……あの頭にくっ付いていた不思議な生き物はドラゴンだった。

 リクだけの話だと到底信じられなかった


「うん、ドラゴンだよ。ほら、エルサ」

「リクの頭の方が良かったのだわ……私はドラゴンのエルサなのだわ」


 本当にドラゴンなのか疑う俺達の前に、エルサ様は目の前で浮かんで俺達に声を掛けて頂いた。

 小さい姿だが、その形は伝え聞いていたドラゴンそのもの。

 しかも会話も出来る……ここまでされればエルフなら誰もが信じざるを得ないだろう。

 思わず跪く俺とフィリーナに、リクは普通に接してくれと言ってくれた。

 契約者とドラゴンは、俺達エルフの集落ではアルセイス様と同等に崇める対象なのに……この人間は慎み深いようだ。

 その後は少し話をして、テントで休む事になった。

 急に来た俺達に対して、リク達は朗らかに迎えてもらい、感謝のしようも無いくらいだ。

 話の中で、リク達は当初の予定通り集落に向かって救出をすると伝えられる。

 それならばと、俺達も集落に一緒に戻る事にした。

 魔物達で警戒態勢の集落だ、急に人間が来ても中に入れてもらえるかどうかわからない。

 長老達が絡むとさらに面倒な事になるだろう。

 俺達が一緒ならば、助けに来た人間と説明出来るからな。


「それじゃあ、二人もエルサに乗って行こう。エルサ、乗せる人数が増えるけど、頼んだよ」


 翌日、野営地を引き払った俺達は、リクの言葉でエルサ様に乗せてもらえる事になった。

 まさか、生きていてドラゴンに乗る事が出来る事になるとは夢にも思わなかった……。

 長いエルフ生……とんでもない事があろものだ。

 エルサ様のおかげで、今までの俺達の旅路は何だったのかと疑問に思ってしまう程の速度で集落に帰り着いた。


「少しここで待っていてくれ。集落の者に事情を伝えて来る」

「ごめんね、すぐ戻るから」

「わかった。俺達はここでゆっくりしてるよ」


 集落から少し離れた場所でエルサ様に下ろしてもらう。

 まずは俺達だけで集落に戻り、連れて来たリク達の事を説明するためだ。

 いきなりドラゴンのエルサ様が集落に入り込んだり、人間を連れて行ったら集落が混乱してしまいかねないからな。

 長老達に対する警戒も含まれているが。

 リクの返事に頷き、俺はフィリーナと数日ぶりの集落へと戻った。

 ……まさかこんなに早く帰れるとは思っていなかった……。

 間に合わない可能性も考えていたんだが……リクがいれば集落は救われるのは間違いないだろう。


「エヴァルト! 朗報だ!」

「アルネ!? 何故ここに!」


 集落の中でエヴァルトを見付けた俺は、喜びを抑えきれず大声で呼び止めた。

 俺を送り出したエヴァルトは、こんなに早く帰って来るとは予想していなかったのだろう……驚いた表情を隠しもせず、その大きな体から大きな声が集落に響き渡った。

 俺とフィリーナは、エヴァルトにこの集落が助かる可能性、連れて来た人間達の事を伝える事にした。

 ……興奮し過ぎて、上手く言葉が纏まらず、ドラゴンや契約者の事が伝わるまでちょっとだけ時間がかかってしまった。



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