第62話 森の魔物は二人にお任せ



「ふっ!」

「やっ!」


 ソフィーさんが飛び掛かって来るフォレストウルフに剣を振ると、胴体が真っ二つになって地面に落ちる。

 モニカさんが槍でジャンプしてるフォレストウルフの腹を突き刺し、そのまま横へと槍を払って投げ飛ばす。

 二人は危なげなく10体のフォレストウルフを数分で片付けた。


「モニカ、何ともないか?」

「ふぅ……はい。父さんに訓練されてればこの程度何てことないわ」

「二人共、お疲れ様」


 女性に戦わせて男が後ろで見てるだけってのも情けない感じがするけど、俺が前に出ようとする間もなく二人は簡単にフォレストウルフを討伐した。

 二人に声を掛け、俺はナイフを取り出してフォレストウルフの討伐証明部位の切り取りを始める。


「えっと、狼……ウルフ系の討伐証明部位は……」

「前足だ」

「でしたね、よっと」


 地面に倒れて動かなくなったフォレストウルフ達の前足を片方、ナイフで切り取っていく。

 動物を相手にしてるみたいで気が引けるけど、相手は魔物。

 やらなきゃやられるってのもあるし、冒険者としては最低限これくらいは出来ないといけないだろうと考えて黙々と作業をこなした。

 数が多いので、ソフィーさんやモニカさんにも手伝ってもらって作業を終わらせる。

 最初に襲って来たフォレストウルフの物も合わせて計11本の前足を、持って来ていた紐でくくってひとまとめにする。

 まだ死んだばかりなので、盛大に血が流れてたけど、モニカさんが最近覚えたらしい魔法で血抜きをしてくれたおかげで、足を持っても血で汚れる事は無くなった。


「モニカさん、便利な魔法を覚えたんだね」

「ええ。魔物を討伐した時に討伐部位を切り取ったり、肉や皮を剥ぎ取ったりするからって母さんに勧められたの。討伐してすぐ血抜きをすれば肉の味も良くなるって」

「さすが、獅子亭の娘だ」


 ソフィーさんに褒められて照れ笑いをしてるモニカさんを見ながら、もしかしたらイメージさえ出来れば俺にも出来るんじゃないかと考えたけど、やっぱり使うのはまだ辞めておいた。

 日本に住んでたら、肉の血抜きが終わってるのは当たり前だったから、血抜きをするイメージが難しそうだ。

 せめてもう少し魔物を討伐して色々見て覚えてからにしよう。

 あまり上手くイメージ出来ずに魔法を使ったらどうなるかわからないからね。

 まだ魔法で失敗はした事ないけど、威力が凄い魔法が失敗した時どうなるのかとかあまり考えたくない。

 地面を凍らせた? それは失敗じゃなくて、使う魔力量が多すぎただけだから失敗じゃないんだよ、きっと……。


「魔物討伐も出来たし、後は野盗を捕まえるだけですね」

「そうだな。っと、野盗はこっちでいいのか?」

「ええ、そのまま真っ直ぐ……そろそろ見えると思います」

「……あぁ、見えた。あれが野盗のアジトか」


 ソフィーさんに方向を指示してまた森の中を進んで数分、野盗のアジトと思われる建物が見えた。

 そこそこ大きい小屋のような物があり、入り口には見張りなのか二人の人間が暇そうに話をしてた。

 片方は右手に汚れた包帯を巻いてるな、怪我をしてるのか……というか何か見覚えがあるような……。


「ああ、前に会った野盗かな」

「リクさんが吹き飛ばしたって言う野盗?」

「いや、そっちじゃなくて。エルサに会う前にも野盗と会ったんだ。幸い一人だけでなんとか追い払ったんだけど、その時腕を切りつけた覚えがあるんだ」

「エルサちゃんと会う前って事は、まだリクさんが強くなってない時よね? 危なかったのね……」

「まあ確かにあの時は森に入った事を後悔したね。必死で剣を振り回してたよ」


 確か野盗のボスっぽいおっさんが下っ端ジールとか言ってたっけ。

 見張りに立たされてるって事は確かに下っ端なのかも。

 下っ端だからナイフくらいしか持って無くて、一人で森の探索でもさせられてたのかな?


「野盗程度三人で突撃すれば楽に制圧出来るだろう。所詮残党だしな」

「でもそれだと何人かは確実に殺しますよね」

「まあ、向こうも必死で抵抗するだろうしな。こちらも手加減してられないだろう」

「んー」


 ここに至ってもやっぱり人を殺す事に抵抗を感じる。

 さっきは平気ってわけではなかったけど、一応フォレストウルフの足を切り取ったり出来たのになぁ。


「リク、相手は野盗だ。野盗達とやり合うなら殺す覚悟は決めておけ。それにこういう言い方は悪党っぽくて嫌だが、殺したところで誰からも咎められないぞ」

「……わかってはいるんですけどね」

「リクさんは優しいのね。でも、私も野盗相手に手加減する必要はないと思うわ」


 モニカさん、本当に冒険者になったばかりですか? 今まで獅子亭を切り盛りしてた娘さんとは思えない発言。

 ……この世界では俺の方が珍しいのかもしれない。

 でも、出来る限り人を殺したりなんかはしたくないよなぁ、相手が野盗だからってさ。

 甘いって言われればそれまでなんだけど。


「覚悟を決める前に一つ試したい事があるんですけど、いいですか?」

「何だ? 試したい事とは」

「上手く行けばソフィーさんやモニカさんが戦う必要が無いかもしれません」

「ほう、どんな方法だ?」

「眠らせるんです。そして眠ってる間に全員を捕縛すれば戦闘はしなくて済みます」

「……眠らせるとは言っても……そんな事が出来るのか……?」

「多分ですけどね。俺の魔法なら……」

「リクさんの魔法ってほんとに何でもありよね」

「ドラゴンの魔法とはそこまでなのか」

「まあ、試してみます。失敗しても向こうに気付かれるくらいでしょう。その時は覚悟を決めますよ」

「……わかった。出来るのであればそれで頼む。私も人相手に戦闘がしたいわけではないからな」


 人相手以外ならしたいんだろうか?

 なんて考えつつ、俺はイメージを始める。

 前の世界で見たサスペンスドラマの薬品を嗅がせて眠らせる、ではなく。

 エルサのような素晴らしいモフモフに包まれて幸せな眠りに就くイメージ。

 モフモフが霧になり、それが広がって体を包む、その霧のモフモフに包まれて幸せな睡魔に襲われる。

 そんなイメージを頭なの中で浮かべる。

 魔法を発動させる前に、モニカさんとソフィーさんを一度見て頷く。

 そしてイメージを魔力に乗せて発動。


「スリープクラウド」


 前に突き出した両手からゆらりと不可視な霧が漏れ出て来る。

 目には見えないけど、俺は自分の魔力だから広がっていく状況が判る。

 あ。

 これ下手したら近くにいるモニカさんやソフィーさんも寝てしまうんじゃ……。

 気付いた時には既に遅かった。

 魔法発動前に見た時には真剣な表情をして、失敗した時に備えていた二人が、凄く幸せそうな、蕩けそうな顔で地面に寝転がってた……。

 ソフィーさん、よだれが出てますよ。

 モニカさん、ちょっとその顔で寝てる姿はあまり人に見せない方がいいかなー。

 なんて考えてるうちに、魔法が広がったみたいで、小屋の方から物が倒れる音や人のいびきが聞こえて来た。

 そちらを見ると、見張りをしていた二人もお互いに抱き着くように支え合いながら、器用に立ったまま寝てる、こちらは二人共よだれを垂らしてた。

 おっさんがよだれを垂らして寝てる姿はあまり見たくなかったかなぁ。



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