第44話 それぞれの想い~マリー編~



 おとぎ話だと思っていたんだけどね。

 昔話や伝説では色々と語られてたけど、誰も見たという人はいなかったんだよ。

 私はそれに憧れてはいたけど、存在するという話しは信じちゃいなかったわ。

 だって語られる伝説に登場する時、あまりにも強大な力を持ち過ぎていて現実感が無かったからね。

 でもこの目で見たんだよ。

 実在したんだ、ドラゴンは!

 


 うちの店は最近評判になってるらしい。

 近所のおば様達の噂で聞いたんだけど、ヘルサルでも評判の店と有名になってるんだそうな。

 さらに他の街からも客が来るようになったから……他の街でも評判が広まってるって話だね。 

 最初は所詮噂話として信じちゃいなかったんだけどね、こうも客が毎日入るようじゃ信じるしかないようだね。

 あ、うちの店ってのは『踊る獅子亭』って店だ。

 旦那が料理をして、私と娘が接客をする店だ。

 娘が産まれた時、冒険者を続けるか辞めるかで悩んださ。

 私が生きて来た半分は冒険者稼業だったからね、それまでの生き方を丸っきり変えるってのは中々踏ん切りがつかないもんさ。

 でもね、旦那が言ってくれたんだ。


「娘のために、お前のために死と隣り合わせの危ない仕事は辞めて、店を出してのんびり生きて行こう」


 ってね。

 旦那だって随分悩んだはずさ。

 あっちも冒険者をやってずっと生きて来たんだ、他の生き方が出来るかわかりゃしない。

 けどね、冒険者をやってたら家は留守がちになって娘に寂しい思いをさせちまう。

 何より冒険者の仕事は危険な事が多いからね、万が一にでも私らのどちらか、最悪両方が死んじまった場合、誰が娘を育てるってんだい。

 旦那も同じ事を考えてたみたいでね、お互い悩んだもんだけど結局は冒険者を辞めて店を出す事にしたんだよ。

 今まで冒険者しかやって来なかった分、苦労はしたさ。

 でも、娘のためと思えばそれもいい思い出さね。



 そうしてやってきた店が評判になって、客が毎日押し寄せるのは良いんだけど、人手が足らなくなった。

 嬉しい悲鳴を上げてるだけじゃなくて、人を雇わないと店が回らなくなっちまうし、無理してたら私か旦那あたりが倒れちまうかもしれない。

 そんな事になったらいけないからね、今まで雇う事を躊躇ってたけど人を雇う事にしたんだよ。

 一番の理由は可愛い娘にちょっかいを出す男が入って来ないようにってのがあったんだけどね。

 うちの娘は母親の私が言うのもなんだけど、かなり可愛いと思うよ。

 出るとこは出てるし、よく店に来た男の客がジロジロと娘を見てたりするけど、旦那と一緒に追い払うのも仕事の一つになってたね。

 


 入口の横に店員募集と書いた板を置いておいたら、その日に飛びついて来た男がいてびっくりさ。

 まさかそんなに早く来るとは思わないじゃないか。

 その男は娘と同じくらいの歳の人間で、不思議な雰囲気を持ってるやつだったわ。

 旅人風の恰好をしてるのに、荷物一つないどころか金も持たずにここに来たらしい。

 すごい必死に働きたいって懇願してたね。

 まあ金もない奴を放り出す程落ちぶれちゃいない、人手が欲しいのは確かだから試しに雇ってみたんだよ。

 娘目当てじゃないってのも好印象だったね。

 その男はリクって名前で、物覚えが早くて助かったよ。

 ちゃんと客に対応してくれるし、どこかで同じような仕事をした事があるんじゃないかね。

 何より、リクの淹れるお茶がおいしいってのは良い事だ。

 最近仕事の合間に休憩を取って、リクに淹れてもらったお茶を飲んで一息つくのが一番の楽しみになって来たよ。



 リクが来て1か月くらいかね、働いてもらって店は助かってる。

 ただ、旦那が酒で酔っ払いながら仕入れ注文をしたせいでセンテまで行かなきゃいけなくなった。

 まったく、あれほど仕事をする時は酒を飲むなって言ってるのに……こりゃお仕置きが必要だね。

 センテの街にはリクに行ってもらう事になった。

 この1か月でリクの事は信頼して良いと思ったからね。



 センテの街からリクが帰って来ないんだよ。

 どうしたもんかね。

 あのリクが帰って来る予定の日に遅れるなんて何かあったんじゃないかと心配したよ。

 娘が一番心配してたけどね。

 色気づいちゃってまあ。



 リクが1日遅れで帰って来た。

 見慣れない生き物を頭にくっ付けて。

 え?何だって……これがドラゴン?

 こんな犬みたいな姿がドラゴンだって?

 ……信じられないけど、本当みたいだね。

 喋る犬ってのよりは、ドラゴンの方が信じられそうだわ。

 憧れてたドラゴンが実在した事に驚いたけど、それ以上に人間にくっ付いてるのにも驚いたね。



 リクの魔法を見た。

 あれが魔法だってのかい?

 人間の魔法も、それ以外の魔法も冒険者時代にそれなりに見て来たもんだけど、あんなのはさすがに見た事ないよ。

 ドラゴンと契約したからって言うけど、それだけじゃなくリク自体も魔法の才能があったんだろうね。

 とは言えこの威力はちょっと……私の魔法に対する常識が音を立てて砕け散ったよ、まったく。



 リクと娘のモニカが冒険者になった。

 血は争えないっていうのかね……。

 両親と同じ冒険者だなんて。

 まあ、元々私達も冒険者をやってたんだ、反対する理由はないわ。

 さすがに心配だけど、リクもいるし、私と旦那でしっかり教え込めば長生きは出来そうだ。



 ゴブリンの軍が攻めて来た。

 ゴブリンなんぞと思っていたけど数が多すぎる。

 防衛が成功しても、どれだけの犠牲者が出る事やら……。

 まあ、引退した身とは言え街を、店を守るためだ……久々に暴れようじゃないか。



 リクの油断は仕方ない事さね。

 まだまだ冒険者になったばかりの新米だ。

 こんな戦場なんて初めてだろう、しかも精鋭部隊に混じってるからいきなり長時間の戦闘だ。

 体の方は疲れを見せてないけど、精神的に疲れるのは当たり前だろうね。

 そんなリクの油断を狙ったゴブリンの矢から、旦那がかばって怪我をした。

 しっかりと矢は刺さってるけど、あの位置なら命にはかかわらないからホッとしたよ。

 まあ、リクを守った事は後で褒めておこうかね。

 矢を放ったゴブリンは私がきっちり魔法で倒しておいたよ、まったくなんて事をするんだい。



 旦那に守られたリクが少し俯いたと思った瞬間、魔力が吹き荒れた。

 背筋が凍る思いだったよ。

 前に魔法を見せてもらった時にリクの魔力を見て桁違いだと思ったもんだけど、今回のはさらに上。

 もう人間にこんな事出来るのかって程の魔力が渦巻いてた。

 リクが私達に街の中へ避難しろと言ったけど、リク一人を残しては……。

 もうなんていうのかね。

 魔法にすらなってないただの魔力なのに、痛みのようなものを感じるとは思わなかったよ。

 私達を逃がすために、強めに魔力を出したんだろうけど……それだけで心臓が止まるかと思ったわ。



 仕方なくリクを残して街へ入って皆へ呼びかけた。

 あのリクを邪魔なんてしちゃいけない。

 もうこの街は守られる事が決定したようなもんだ。

 邪魔しないようにさっさと避難するんだよ。

 意固地に逃げないのが結構いたけど、あの魔力見えないのかい? まったく。



 エルサちゃんが見上げる程大きくなって威嚇し始めた。

 さっきまで逃げずに残ってた奴らは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 逃げるならさっさと逃げろってんだい、まったく。

 しかし、エルサちゃん、大きくなったけど変な騒動にならなきゃいいけどね。

 でも、実際本物のドラゴンを見られた事は感動したよ。



 私と旦那、モニカとソフィーって娘は獅子亭に逃げ込んだ。

 ここなら西門からは離れてるから大丈夫だろう。

 安心して旦那の怪我を治療しようとしたら、とんでもない熱が店を、いや街全体を襲った。

 外に出て西を見ると、白く綺麗な炎が天高く聳え立ってた。

 恐ろしさはなかったね。

 リクがやった事だと確信できたから。

 リクがやったなら被害は出さないだろうってくらい信用してる。

 気付いたら炎は消えてた。

 その後に何かを割るような音が聞こえたけど、なんだったのかね?

 とりあえず、ゴブリン達は影も形も無くなったのが確認されたよ。

 リク、頑張ったね、街や店を守ってくれてありがとうよ。



 その後も色々大変だったけど、リクが倒れてたのが発見されて獅子亭に運び込まれて来た時はさすがに動揺したね。

 でも、医者によるとただ寝てるだけらしい、暢気なもんだ……でも頑張ったんだからこれくらいはいいかね。

 英雄リク。

 最近街中でよく聞くようになったよ。

 英雄ねえ……本人は暢気に寝てるけどね。



 リクが寝てる部屋の窓を開けて空気を入れ替えて、チラッと寝顔を見るけどほんとに気持ちよさそうに寝てるわ。

 私は静かにリクの寝てるベッドを離れて、部屋を出る。

 ドアを閉める直前に誰に聞こえるわけでもなく呟いた。


「早く起きなリク。皆、アンタのお茶が飲みたいんだよ。……もちろん、私もね」


 パタン、とドアが閉められた音の後にはリクの寝息だけが聞こえていた……。



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