第45話 それぞれの想い~ソフィー編~
初めてその男と出会った時は衝撃だった。
いや、その男に対してではないのだが。
男は同じ馬車でセンテに向かっていた。
私は特に話す事も無かった。
ただ同じ馬車の同乗者というだけだ。
人見知りと言うわけではないぞ?
ただ、よく知り合いからは堅物だとか愛想が悪いとは言われていたが……。
とにかく、その男と最初に話したのは途中の休憩所での事だ。
皆が思い思いに昼を取っているのをなんとなしに見ているだけで、何も食べずに木陰で適当に休んでいた私の耳に獅子亭という言葉が聞こえた。
決して昼を忘れたとかではないからな?
獅子亭と言えば、数か月前にヘルサルに行った時に一度入った事がある食事処だ。
あの料理の味は素晴らしかった。
今回ヘルサルに行く依頼を受けた時、必ず獅子亭に行こうと考えていたのに、色々と重なって時間が取れず、結局行く事が出来なかった事が非常に悔しい。
だが、その男と親子が会話しているのを聞くと、昼食として食べてるのは獅子亭のパンだと言うではないか。
逃してしまった獅子亭への機会を取り戻すべく私はその男に声を掛けた。
決して、決して! 昼の用意を忘れてたから空腹に耐えきれなかったわけではないぞ!?
その男、リクと名乗った男は初対面の私にも快くそのパンをくれた。
ああ、今日は何て良い日なんだろう。
こんな所で獅子亭の料理を食べる事が出来るなんて……。
あまりの感動とパンのおいしさの衝撃に勢い込んで食べ尽くしたら、リクは驚いてこちらを見ていた。
女性の食べる姿をじろじろ見るのは失礼だぞ、うん。
その後礼を言いつつ、少し話をしてみたが、リクは何と言うか不思議な雰囲気を持った男だな。
そういえば、リクは馬車の中で商人の男から冒険者について聞いていたな、興味があるのか?
冒険者が増える事は歓迎する事だし、リクは何と言うか他の男共とは違う雰囲気なので私としても冒険者仲間になってくれると嬉しい。
しかし危険が伴う仕事であるのは間違いないため、無理はよくないがな。
馬車でなんとはなしに雑談をしていたらいつの間にかセンテに着いていた。
私がこんなに初対面の人間と話す事は珍しいなと、少し自分で驚いた。
名残惜しさを感じつつ、リクと別れ私はセンテの冒険者ギルドに向かう。
まずはヘルサルでの依頼報告をしなければな。
……またヘルサルに行く依頼があるかも探そう。
今度こそ獅子亭に行かねば。
リク……ではなく、料理を堪能するためにな!
翌日、冒険者ギルドに行ってめぼしい依頼がないか確認して、特に受ける依頼が無かったため、同じくギルドに来ていた知り合いの冒険者と談笑していた。
この冒険者達は私を何度もパーティに誘ってはくれるのだが、私はソロで活動してきたため今更そのパーティに入るという事に違和感を感じていた。
今回はどうやって断ろうかと思案していると、ギルドのドアが開き男が一人入って来た。
リクだ。
昨日の今日でまた会えるとは思ってなかったが、どうやら興味を持った冒険者の事を詳しく聞きに来たらしい。
私が教えられる事なら教えるのだが、ここは冒険者ギルド、ギルド職員がしっかり教えてくれるだろうと、登録受付に聞くと良いと言っておいた。
しばらく職員に説明されて真剣に聞くリクを眺めつつ、パーティの誘いをのらりくらりと躱していた。
説明を聞き終えたリクが受付から離れたので、こちらから声を掛けた。
どうやらまだリクは冒険者になると決めてはいないようだ。
ん? ハンス? あー、あの同じ馬車に乗ってた商人か。
私は店の場所は知らない。
代わりに私がよく行く武具の店に連れて行こう。
リクは武具にも興味があるみたいだ。
まあ、冒険者にならずともある程度の装備をしておくのは護身のためにも悪い事じゃない。
最近は街道に野盗が出るという話も聞くからな。
私はリクを連れてエリノアがいる武具店に案内した。
よく通っている店なので、案内は簡単だ、けど何故か私の足はいつもより軽かった。
エリノアの店に入っていつものように積み上げられた武具の中からリクに合いそうな物を選ぶ。
初心者にはこれくらいでいいだろう。
あまり良い武具を取り揃えても、リクにはまだ使いこなせないだろうしな。
リクは私の勧めのまま、初心者用のショートソードと皮の鎧を買った。
最初に選んだ鉄のフルプレートを着込んだ時はフラフラしていてちょっとおかしかったな。
その後エリノアに礼を言って店を出て、しばらく歩いたところでリクと別れる。
もう少し話をしていたかったが、リクにも予定があるだろうしな。
私が人と話していたいと思う事は珍しい事だと、後で気付いて少し恥ずかしかった。
それからしばらく経って、再びリクがセンテのギルドへとやって来た。
今度は女を連れて、なんと冒険者になったと言うのだ。
仲間が増える事は嬉しい事だ。
先輩として色々教えてやろうと思い、まずは初期のランクを聞いて驚いた。
私と同じCランクだと言う……。
今まで初期でCランクになった者など聞いた事がない。
詳しく話を聞こうと思ったが、リクは急いでいるらしく話もそこそこに受付へと向かった。
ん? 奥から出て来たのはこのギルドのマスターではないか!
ギルドマスター直々に出て来て話をするとは一体何事だ!?
そんな私や辺りの冒険者達の視線を受けながらリクはギルドの奥へと連れて行かれた。
辺りの冒険者達が様々な憶測を話していたら、奥からリクが出て来た。
私は真っ先に近づき、リクに事情説明を求めた。
食事をおごるという条件で、リクは私と一緒に来る事を決めたようだ。
リクと連れの女と一緒に歩いている時、リクの頭にくっ付いている生物、犬が気になった。
いや、本当はリクがギルドに入って来た時から気になっていた。
私は意を決して、リクにその犬を見せてもらえないかと頼んだ。
リクは快く受けてくれて、その犬を私に抱かせてくれた。
このモフモフは! 何だこれは今までに触れたどんなモフモフよりも素晴らしい、まさに神が作りたもうた奇跡!
この毛艶、毛並み等々全てにおいて最高ではないか。
これに比べたら今まで私を癒してくれたモフモフは何だったのだろうと考えてしまう。
このモフモフ! 素晴らしいモフモフ!
…………んん!
すまない、取り乱したようだ。
しかしこの犬、喋るとはどういう事なのか……。
何? ドラゴンだって?
私の耳がおかしくなったのか、リクがおかしくなったのか。
何やらドラゴンと聞こえたのだが……。
よろしい、まずは話を聞こうじゃないか。
そうして私は根掘り葉掘りリクから今までの事を聞き出した。
本当にドラゴンだったらしい。
喋る犬、もといドラゴンが目の前にいる以上、信じるしかない。
それよりも、ゴブリンの軍が攻めて来ると言っていたな。
それなら私もヘルサルに行って防衛に参加しよう。
まずは明日馬車で移動して……。
え? ドラゴンに乗れる? モフモフに包まれる?
それは楽園だった。
神の作った楽園はそこに、ドラゴンの背中にあったのだ。
私はしばらく取り乱してしまった事を、後になって後悔した。
ヘルサルの街防衛戦では、元冒険者である獅子亭の店主マックスさんに稽古を付けてもらった成果を遺憾なく発揮した。
剣を使って襲い来るゴブリンを切り続ける。
チラリと見たリクの方は軽々とゴブリンを切り捨てていて、少しだけ自信が無くなりそうだったが。
しかし初めての戦でリクが一瞬だけした油断により、マックスさんが怪我をした。
それを見たリクの変貌は凄まじかった。
恐ろしいまでの魔力の奔流で、私達を街へと下がるように説得し、自分は一人でゴブリンに立ち向かう。
どこかのおとぎ話に出て来る伝説の冒険者のようだった。
門の近くにいた人達を避難させるのに手間取ったが、エルサちゃんが大きくなって吠えるとすぐさま門からは人影が消えた。
大きくなったエルサちゃん……私が背中に乗った時よりもさらに大きかったけど、相変わらず素晴らしいモフモフというのは見ただけでわかる。
ああ、触りたい、埋まりたい、包まれたい……。
私達はマックスさんを連れて獅子亭に帰って来た。
帰って来て落ち着く間もなく、全身から汗が噴き出るような熱気に襲われた。
外に出て西を見た私の目に映ったのは、この世の物とは思えない程燃え盛った炎の柱だった。
天まで届いた白い柱は周囲に熱気を撒きつつゴブリン達を燃やす、いや消滅させているのだろう。
しばらく茫然とそれを眺めていると唐突に柱が消えた。
そこにはもうゴブリン達は残っていないという確信があった。
その後に遠くから何かを砕く音が聞こえた気がしたが、あれは何だったんだろう?
リクが倒れているところを発見されて運び込まれた時は心臓が止まるかと思った。
聞けば寝ているだけらしいが、リクが犠牲になったのかと勘違いして取り乱してしまった事は内緒だ。
皆に見られてた気はするが……。
あれから1週間、目覚めないリクの部屋に入った。
リクが寝ているベッドに近づき、安らかな顔を見つつ、声を掛けた。
「英雄リク……か。まだ新人冒険者なのにな。……早く起きろ、また一緒に獅子亭の料理を食べながら話しをしよう」
いずれ起きるリクと……苦手な会話を一緒に楽しむ事が出来ると良いな。
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