第43話 それぞれの想い~マックス編~



 ゴブリンの軍勢が攻めて来る。

 その情報を初めて聞いた時は耳を疑ったもんだ。

 だが、俺にその事を聞かせた奴はそんな嘘を吐くような奴じゃない。

 出会ってからそんなに時間は経ってはいないが、それくらいはわかるくらい今までいろんな人間を見て来たつもりだ。

 そして、そいつが言うにはゴブリンジェネラルを発見したという事だ。

 初めての冒険者活動で、そんな魔物を発見するもんじゃねえ。

 ジェネラルの事を教えたのは俺だ。

 俺自身、見た事はないが冒険者にとって知っておくべき情報の一つだからだ。

 こいつを見つけたら必ずその地に災厄が起きるってのは冒険者の間じゃ有名な話しだ。

 そいつは新人だが、冒険者をしていたらいつかは聞く話、それにこいつは普通の新人なんかじゃねぇ。

 俺が渡せる情報があるなら渡した方がこいつのためにも、こいつを使うギルドのためにもなるはずだ。

 まさか教えてすぐ見つけて来るとは夢にも思わなかったがな。



 それからしばらくは忙しかった。

 ゴブリンの軍勢が攻めてくる前に出来る限りの準備をしなきゃならなかったからだ。

 元冒険者として参戦し、元冒険者のグループを纏めて指示を出した。

 引退した人間を引っ張り出して欲しくはなかったが、街そのものが残るかどうかの状況だ、黙っちゃいられねえ。

 忙しくて目が回る勢いだったが、それでも暇な時間があれば休まず、モニカやソフィーとかいう最近会った冒険者の訓練をしてやった。

 戦力は出来るだけあった方がいいし、モニカには絶対生き残らせたかった。

 本当は、モニカには冒険者になってほしくなかった。

 冒険者は死と隣り合わせな職業だ。

 娘には出来るだけ平和な生活をして幸せに生きて欲しかった。

 まあ、本人が冒険者になるって言ってきかないから仕方ないけどな。

 親の心子知らずってやつかね、確かこの国のお偉いさんが言った言葉らしいが。



 とにもかくにも、そうやって忙しい時間は終わった。

 ゴブリンの軍勢が攻めて来たからだ。

 もう準備だのなんだの言ってられない。

 迎え撃って防衛するのみだ。

 俺は、いや俺達は一つのグループに纏められた。

 実力者が揃う第1陣の攻撃を担う第1近距離部隊だ。

 この部隊の条件は冒険者ランクで言うとCランク以上の戦闘が可能である事。

 俺やマリーは元とはいえBランク。

 ソフィーとかいう女はCランクだから条件は満たしている。

 新しく冒険者になったばかりのこいつは何と前例のないCランクと来たもんだ。

 それと、本来Dランクで条件を満たしていないはずのモニカは、俺と親子である事で近くに配置させた方が連携が取りやすく戦力になるだろうとの判断からだ。

 まあ確かに近くにいた方が戦いやすいな、気になって戦闘に集中出来ませんなんて言ってられないからな。



 俺達の出番が来た。

 俺は両手剣を振り上げ、ゴブリン達を手あたり次第倒していく。

 Bランクまで上り詰めた俺にはゴブリンなんぞ物の数じゃねえ。

 まあ、数だけは多いから俺一人じゃどうしようもねえんだがよ。

 両手剣はそんなに得意じゃないが、ゴブリン相手ならこれで十分だ。

 本来俺は片手剣と盾で敵の攻撃を防いだりするのが得意だったが、愛用の片手剣はもう使わないと思ってあいつにあげちまったからな。

 だが、冒険者と獅子亭の厨房で鍛えたこの体で両手剣は軽く扱える。

 得意じゃないからと言って扱えないわけじゃない。

 むしろ、体が小さく力もあまりないゴブリン相手ならこれで十分だ。

 数を減らす事を目的に考えるならこっちの方がいいのかもな。



 どれくらい戦っていたのか、時間の感覚も曖昧になって来たくらいで少し周りの味方の様子を窺った。

 もちろんその間にもゴブリンを切り伏せる事は忘れてない。

 さすがに同じように突撃した連中は疲れを見せ始めていた。

 相手がゴブリンだから怪我まではしてないようだが、いずれ押され始めるかもしれん。

 さて、うちの連中はどうだ?

 まずはモニカ、何とか槍のリーチを使って戦えてるようだ、怪我もしてない。

 だが長い時間戦ってるせいか、疲れで動きが鈍って来てるな、怪我なんてしないよう気を付けておこう。

 次にソフィーとかいう女冒険者。

 女だてらにソロで冒険者をやってCランクになるだけあって、器用に攻撃を躱して急所を突いてる。

 少し疲れが見えるがこちらはまだ大丈夫だな。

 あとは……マリーか。

 魔法と剣でゴブリンを翻弄して戦っている。

 こっちも魔法を使ってるのもあるが、少し疲れが出始めてる。

 まあ、マリーなら疲れて来た時の動き方も熟知してるはずだから大丈夫なはずだ。

 最後に最近獅子亭に転がり込んで、わけわからん強さを見せた新米冒険者はどうなってる?

 ……こっちは余裕だな。

 疲れを欠片も見せてないうえに軽々とゴブリンを切り捨てている。

 片手剣でなんでそんなに軽々ゴブリンが真っ二つになるのか、意味が分からん。

 俺のやった剣だが、武器ごと切れるような剣じゃないはずなんだが……。

 こいつは心配するだけ損かもしれんな。



 新米冒険者と軽口を叩き合いつつ戦闘をしているうちに気付いた。

 ゴブリンの上位種がかなりの数混じっていやがる。

 1匹だと大したことはないんだが、集まると面倒な奴らだ。

 近くでその上位種をまた軽々切り捨てた奴がいたが、そちらは気にするだけ無駄だと悟った。

 先程より多少苦労しながら戦い続けてたが、怪我人もある程度出始めて来た頃、街の門が開いた。

 モニカは、まだ怪我していないな、よし。

 ようやく交代の時間が来たようだ。

 


 しくじっちまった。

 次の部隊と交代する瞬間、気が緩んだとこを狙われたんだろう、新米に矢が放たれた。

 新米は気付くのが遅れたせいか、避けられない様子だ。

 俺は少しだけ早く矢に気付いて動けた。

 咄嗟の判断。

 武器を使って叩き落すのは間に合わない。

 俺は体を矢の前に滑り込ませた。

 右肩に鋭い痛みが走る。

 矢が刺さったのか……、くそっ腕が上がらねえ。

 これじゃ厨房で料理出来ねえじゃねえか。

 矢が刺さった痛みよりもそちらを気にしてた。

 


 矢が刺さった俺を見た新米が、黙ったと思った瞬間辺りに魔力が溢れた。

 この魔力はこいつからか!

 人間からこんなに魔力が溢れる事なんてあるのか!?

 痛みも忘れて驚いていると、そいつは俺達に逃げろと言った。

 俺達だけじゃない、そいつ以外のすべての人間にこの場を離れろと。

 最初は意味がわからなかったが、そいつが叫んだ瞬間に叩きつけられた魔力で理解した。

 この場にいたらゴブリン達よりも危険だ。

 そう考えた俺達はすぐに門に向かって走った。

 門に着くと矢を引き抜き、その痛みに耐えながら声を張り上げる。


「さっさとこの門から離れろ! 全員街の中心か東へ迎え! この場にいると危険だ!」


 マリー達も叫んでる。

 最初は何事かと訝しんでいた奴らも、俺の叫びで気付いたのか、逃げ始めていく。

 あいつから漏れ出した魔力は俺だけが感じている物じゃない、全員がわかってる。

 だからこの場にいてはいけないと感じるんだろう。

 半分くらいは我先にと逃げ出し始めた。

 しかし、それでも逃げない奴らはいる。

 街を守ろうとする気概は素晴らしいが、今は逃げた方が賢明だ、街は必ず守られる。

 俺は会ってまだ短い付き合いだが、あいつの事は信頼してるし、あいつの力がとんでもない事を知ってるから街は大丈夫なんだ。

 逃げない奴らをどうするか考えていると、門の外で轟音が響き地面が揺れた。

 振り向いて見てみると、そこには巨大になったエルサがいた。

 これがドラゴンか。

 エルサが街へ向かって吠えた。

 その衝撃は残っていた奴らの恐怖心を煽るのに絶大な効果を示した。

 すぐにその場に留まってる奴らは逃げ出して誰もいなくなった。

 しかしエルサよ、もう少し咆哮を抑えられなかったのか? 衝撃で何人か外壁から落ちたぞ。

 すぐに走って逃げたから大した怪我はないんだろうが……。

 おっと、俺らも逃げないとな。

 痛みを我慢して皆で走って獅子亭がある方へ逃げた。

 そうだな、獅子亭で仕事が終わったあいつに美味い物を食わせる準備でもしておくか、片手だから、モニカやマリーに手伝ってもらってな。



 火が見えた。

 あれは火なのか?

 色が白い炎なんて初めて見た。

 街全体が夏のように、いやそれ以上の熱に包まれた。

 熱に晒され、汗が噴き出して来るが、俺はその炎を見続けた。

 あいつがやる事だ。

 この熱さはしんどいが、被害は出ないだろう。

 しばらく燃え盛っていた炎は一度勢いが衰えたと思った瞬間に消えていた。



 あれから1週間、王軍や領主軍が来た時には全て終わっていた。

 まあ、色々面倒な事はあったが、被害がほぼ、西側の外壁が溶けかけてる事以外は無い事で、王軍や領主軍は戸惑っていたようだが、しばらくして帰って行った。

 俺の怪我はもうほぼ問題ない。

 最初は腕が上がらなかったが、今では振り回せるくらいだ、少し傷口が痛む事があるがもう少ししたら痛みもなくなるだろう。



 あの戦いに参加した者、見ていた者達、特にヘルサルに住んでいる者達の中であいつは英雄扱いだ。

 本人は喜ぶかどうかわからんがな。

 あいつは戦場になったあの場所に倒れているのを発見された。

 その後この獅子亭に運び込まれ、住み着いた2階で今も意識を取り戻さない。


「まったく、せっかく街を救ったってのにお前はいつまで寝てるんだ?」


 ただただ昏々と眠り続けるそいつを見て、苦笑いしか出てこない。

 街の連中がお前に感謝したがってるのに、寝てるだけなんてな。

 意識を取り戻さない事に最初は焦ったが、息はしているし、医者に見せたら寝ているだけと言われた。

 その時のホッとした顔のモニカは娘ながらに可愛かったぞ。

 そろそろ目を覚まさないと獅子亭の料理が食えねえぞ。


「早く起きて俺の料理を食え、英雄……いや…………リク……」


 そう呟いて俺は美味い飯を作るために厨房へ向かった。



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