第30話 冒険者登録前の特訓(主にモニカさん)



「ほら、どうした? そんな突きでは弱い魔物も倒せんぞ」

「……っ!」


 現在、獅子亭のお昼営業を終え、冒険者特訓の最中です。

 獅子亭はこの特訓のために昼時の営業が終わった後、夜の営業までの間は完全に店を閉め、モニカさんと俺の冒険者特訓をすることになった。

 今日でこの特訓も1週間になるけど、もっぱらマックスさんはモニカさんの相手ばかりしている。

 最初は俺の相手もしてくれたんだけど、俺が力任せに剣を振るから危なくて相手が出来ないと言われてしまった。

 ちょっと、木剣で叩いて吹っ飛んだマックスさんが店の裏口横に頭から突き刺さっただけじゃないか……お前は剣も魔法も規格外だから適当に素振りでもしておけばいいと言われた。

 仕方ないのでモニカさんの特訓を横目に、剣を振って汗を流している。

 ちなみにマリーさんは、店で働いてもらえる従業員を探しに知り合いのとこへ行っている。


「……ちょっと父さん、手加減してよ!」

「何を言ってる。これでも手加減してる方だ。それに魔物は手加減してくれないぞ? ほらほら、ちゃんと払わないと危ないぞ」

「くぅ!」


 確かに手加減してるように見える。

 でも狙いは的確なので槍で払うのも一苦労だろうな。

 マックスさんの武器は木剣だが、当たれば当然痛い。

 それにモニカさんの方はマックスさんが昔使っていた槍を持っている。

 女性でリーチが短いのを補うためらしい、身軽さを利用して剣もいいかと俺は考えていたんだけど、モニカさんがそれを生かす程の身軽さが無かった事と、女性にしては予想よりも力があったため、剣よりは多少重くともリーチで有利を取れる槍が合ってるらしい。

 そのあたり、俺はただ聞いていただけで、マックスさんとモニカさんが相談して決めていた。

 俺は剣でも槍でも斧でも扱えた。

 まあ、扱えたというより、力任せに振るってるだけだけど……ただ、模擬戦用武器だと力が強すぎて耐えられず、かといってちゃんとした武器だと訓練する相手が危ない。

 マックスさん曰く。


「リク、お前は力任せに叩き潰せる力はあるが、それだけじゃ駄目だ。手加減というか、それぞれの武器の扱い方が出来るようにならないと、危なくて相手を出来ん。それに、力任せに頼り過ぎると、また以前の野盗のようになるからな」


 そう言われていた。

 なので今は素振りをして剣筋を体感しながら、マックスさんの剣の使い方を見て学んでいる最中でもある。


「これで!」

「おっと、今の突きはまあまあ良かったが、全体的にまだまだだな」

「むぅ」

「よし、少し休憩するか」

「……はーい」


 結局今日までモニカさんの槍による攻撃は全てマックスさんに通用していない。

 全力を込めた突きも、意表を突いたつもりの突きも、軽々といなされたうえで、逆に木剣で打ち込まれて痛い目にあっているようだ。


「まあ、そう落ち込むな。俺は元とは言えBランク冒険者だぞ。まだまだ冒険者になってない娘に負けるわけにはいかん。それにさすが俺の娘と言うべきか、中々筋は良い。多分今でもDランクくらいの冒険者となら1対1でもそれなりに戦えるんじゃないか?」

「むぅ……父さんとは経験が違いすぎるってのはわかるけど……でも負け続けるのは悔しいわ」

「ははは! 負けず嫌いだなモニカ。父さんの若い頃にそっくりだ」

「……リクさんには簡単に負けてたくせに」


 負け続けてたのがよっぽど悔しいのか、モニカさんがボソっと呟いた。

 モニカさん、それは負け惜しみに見えるから、あんまり言わない方がいいんじゃないかな?

 ほら、マックスさんが俺を睨んでるから、怖いから。

 

「……リクは……あれは反則だろ」

「そうなの?」

「考えても見ろ、ついこの前まで碌に剣も握った事が無い奴が、今じゃ誰も適わないくらいに強くなってやがる。しかも、その剣も力任せに振るうだけでだ。普通武器を扱うなら色々基礎を学んでだとかの段階があるんだが、それを全て無視してだ……」

「そう考えると、確かにおかしいわね」

「これで基礎が出来て、武器の扱いに慣れて技術が付いてきたらどうなるんだか。あいつ本当に人間か?」


 失礼な! 俺はれっきとした人間です。

 ちょっと力を込めて武器を振ったら人が石ころのように吹っ飛んだり、簡単に魔法を使ってみたら数十メートルの範囲を凍らせたりしたけど、ちゃんと人間です。

 ……なんか、あんまり人間らしい事してないな……ちょっと自信無くなってきたかも……。


「リクさんがなんか落ち込んでるわね」

「あれだけの力を見せつけておいてどこに落ち込む事があるのか謎だな」


 割と好き勝手に言いながら、俺がいた店裏にある小さい広場(10メートル四方くらい?)の隅まで二人がやってくる。

 俺も素振りの手を止め、傍らに置いてあったタオルを二人に渡す。


「ありがとな」

「ありがとう、リクさん」


 汗を掻いた二人、マックスさんのようなおっさんはまだしも、かわいい子が汗を掻いてる姿ってのも良いもんだ、うん。

 おっと、あまり変な目で見るのは辞めておこう。


「リクさん、エルサちゃんは?」

「ああ、あいつなら……ほらあそこで丸まってる」

「ほんとだ、エルサちゃーん」


 俺が日陰で丸くなって寝ているエルサを示すと、汗を拭き終わったモニカさんが突撃していく。

 エルサが驚いて起き「何事なのだわ!?」というのが聞こえたが、黙ってモフモフを撫でられてるといい。

 最近モニカさんの癒し担当になってるエルサ。

 俺もたまにモフモフを撫でさせてもらうが、最初の頃のような暴走はしていない、ちゃんと許可取ってるからな。


「何と言うか、見慣れた光景だが……ドラゴンが撫でられてる風景ってのも、どうなんだかな」

「マックスさんも撫でます?」

「いや、遠慮しておく。何というか、元冒険者だからなのか、どうしても警戒してしまってな。別にエルサが悪いわけじゃないんだが、昔からの癖みたいなもんだ」

「冒険者として優秀だったからじゃないですか?」

「Bランクにまでなるとな、当たり前だがその本人が強くなくちゃいけねえ。それとは別に強い魔物や強い人間、強い存在というのとも渡り合った経験もある程度は出て来る。だから強い存在が持ってる雰囲気というかだな、そういったものを肌で感じて自然と警戒しちまうんだ」

「エルサから強い存在感のような物が出てるんですか? あんなにモフモフなのに」

「モフモフは関係ないがな。出てるな、とびっきりデカイ存在感が。それでも結構抑えてる方なんだろうけどな」

「俺、そんなの感じた事ないですよ? モニカさんも普通に撫でてますし」

「……リクはやっぱりどこかおかしいな。モニカも最初は警戒してたはずなんだがな……」

「モフモフですから」

「モフモフだからか」


 何かためになる話のような気がしたが、最後は意味の分からない会話になってしまった。

 と、獅子亭の方から声が聞こえて来た。

 この声は、マリーさんかな?


「獅子亭で働いてくれる人を連れて来たわ。ちょうどよく紹介してもらえてよかったわ」


 おお、俺とモニカさんが冒険者になって、働けない時に獅子亭で働いてくれる人が見つかったようだ。

 これで、獅子亭の人手不足も少しは解消できる、かな? 俺も新人だけど、新しく入って来る人に教える事もあるから、すぐにとはいかないだろうけど。


「とりあえず、訓練はこの辺りで終わっておくか」

「はい」

「はーい」


 マックスさんが俺とモニカさんに声をかけ、店に戻っていく。

 モニカさんはエルサを抱き上げ、俺と一緒に店へと入って行った。



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