第29話 結果冒険者になる事になったようです



 マックスさんの話は続いている。

 マリーさんは同じように俺に冒険者を勧めたいようだ。

 モニカさんは……エルサを抱いてご満悦かと思いきや、興味があまりないと俺が勝手に考えていたこの冒険者の話しを食い入るように真剣に聞いている。


「お前の力なら低ランクでそのままって事は無いだろうが、高ランクになればなるほど、ギルドからの待遇は手厚くなる。まあそこは当然だな。冒険者の総数は一つの国より多いと言われてるが、Bランクになれる人間はその1割もいないらしい。Aランクもさらにそこから1割以下、Sランクに至っては世界に片手で数えられるほどしかいないってのが現状だ。高ランクを冒険者として留まらせればギルドにも得がある。だからギルドから離れて行かないよう、冒険者を国の横やりを入れさせないようにするってわけだ」

「偉い人が変な事を考えて、こちらを利用されないようにするには冒険者が一番良いんですね」

「まあ、多分他にも方法はあるかもしれないが、これが一番手っ取り早いのは確かだな」

「冒険者ギルドがおかしな事を考えるって事はないの?父さん」


 真剣な顔で聞いていたモニカさんが話に入って来る。

 何やら俺より真面目に話を聞いていたようだけど……モニカさんも冒険者になりたいのかな?


「ああ、もちろん冒険者ギルド側にも思惑はあるだろうし、冒険者自体にもおかしな事を考える奴はいる」

「そうね、いるわね。私も冒険者の時に何度も先輩冒険者に絡まれたりしたものね。それも男ばっかり……」

「それは……単純にお前に声かけてあわよくばって輩だろう」

「そういうのも多かったわね。でも私にはこの人がいたからねえ」

「俺も、マリーがいたから他の女冒険者を変な意味で誘ったりはしなかったな」

「もう、アナタったら……」


 何だこれ……いきなりイチャイチャし始めたぞ。

 知り合ってから始めてみるな、この二人のイチャイチャ……昔の事を思い出してってとこか……。


「それで、冒険者側はどうするの? 父さん、母さん?」


 モニカさんの目が少し怖い。

 まあ、目の前で真剣な話をしてるのにいきなり両親がイチャイチャし始めたらイラッとするか、しかたない、うん。


「おっと、そうだったな」

「いやだわ、私ったら」

「それでだな、冒険者ギルド側の思惑はどうあれ、高ランクの冒険者を直接にしろ間接的にしろどうこうしたってことがあれば、ギルド全体の信頼に関わる。ギルドは信頼を失ったら終わりだ。信頼があるからこそ、どの国にも属さずどの国にもギルドを設立出来るんだ。誰かが何かやらかしたら冒険者からは当たり前だが、組織からもはじかれる事になるだろう。」

「組織の成り立ちを考えるとそうなんでしょうね。信頼が第一か……」

「冒険者の方は、まあランクが低い奴に多いんだが、ゴロツキみたいなのは多くいる。こういう奴らが絡んでくることは当然あるがな、そうした場合ギルドの方で処罰される事も多い。それに冒険者同士のいざこざは実力行使をしても良い事が大半だ。大抵は話し合いで終わるけどな。」

「実力行使さえできれば、リクならそのへんのゴロツキどころか、そこそこのランクの人間が集まっても楽に対処できるでしょ?」

「まあ、出来るとは思いますが……」

「色々話したがな、こういった利点が多いから、冒険者になるのも良いって事だ。リクの人生だから、強制するつもりはないがな。うちで働いてくれる事も感謝してるし、助かってる」


 ここで働かせてもらって助かってるのは俺の方なんだが……。

 それより、冒険者の利点は色々わかった。

 多少のいざこざはあるとはいえ、このまま何もしないでいるよりも冒険者になった方がこの先の事を考えると良い事が多い、か。


「……」

「どうしたモニカ?」

「父さん、私決めた!」

「?」

「何を決めたの?モニカ」

「何なのだわー」


 真剣に話を聞いて考えこんでいたモニカさんが急に立ち上がった。

 膝で丸くなっていたエルサが、突然立ち上がったモニカさんの膝から投げ出され、テーブルの上に叩きつけられたが、自前のモフモフで痛みとかはないようだ。

 それにしてもまだ片付けていなかった食器の上に落ちなくて良かった。

 エルサのモフモフが汚れちゃいけないからな!

 ん?エルサの心配?そんな、ドラゴンを俺が心配するなんて……エルサがこっちを睨んでる……いやーエルサが無事で良かったね、うん。

 そしてモニカさんの爆弾発言で皆の空気が固まる。


「私、冒険者になるわ!」

「「「はあ!?」」」


 急にモニカさんは何を言い出しているのか……。

 エルサは興味ないとばかりに落ちたテーブルの上でそのまま丸まった。


「いきなりどうした、モニカ!?」

「そうよ、冒険者になりたいだなんて今まで言った事ないアナタが?」

「元々冒険者には興味はあったの。でも一人だけだと心細いし、出来るのかどうかもわからなかったから、半分以上諦めてたわ」


 そういえば、モニカさんて、ドラゴンのおとぎ話にワクワクしたって言ってたっけ。

 結構お転婆なんだなあ。


「でも、リクさんと一緒に冒険者になれば危ない事は少なくなるわ」

「俺?」

「確かにそうかもしれないが、お前、冒険者としてやっていけるのか?それにお前まで抜けたらこの店が……」

「店には誰か新しい従業員を入れてもらうわ。それに、私だって色々勉強してたのよ。冒険者になるための知識をね」

「はあ、まったく私の若い頃にそっくりね。私もこんな感じで勢いに任せて冒険者になったものだわ」


 マリーさんが懐かしそうな顔をしてるけど、それでいいんですか?


「マリー、そっくりって言われたらもう、俺には止められないじゃないか。俺昔のお前を止められたことなんてないんだからな?」

「あら、止めなければいいじゃない。モニカの決心は固いようよ?それにリクがいるんだし、ねえモニカ?」

「リクさんは……その……まあ……」


 ん?モニカさんが少し赤くなってる?どうしたんだろう?意気込んで宣言したからかな?


「ぐぬぬ……」


 何か、マックスさんは俺を恨めしそうに見てるし……俺何かしたっけ?


「でもねモニカ、確かにリクさんと一緒なら危険は少ないかもしれないけど、それだけじゃ駄目よ。冒険者たるもの、自分の身は自分で守る事。それにリクさんに頼ってばかりじゃなく、アナタもリクさんを支えられるように努力する事よ? いい?」

「もちろん、分かってるわ! 冒険者は助け合いが基本だもの。リクさんだけに頼ってお荷物になり続ける気はないわ」

「それがわかってるならいいわ。じゃあ明日から特訓ね」

「……え?」

「特訓ですか?」


 何やらマリーさんがニヤニヤし始めたぞ……。

 この表情で特訓って嫌な予感しかしない。


「モニカの魔法適正を調べて、魔法が使えるかどうかというのと、最低限身を守れるように武器を使えるようにならないとね」

「……そうだな、それはちゃんとやっておいた方がいいな。リクもだな」


 マックスさん、ほんとに特訓ですか? 本気で相手を痛めつけるような顔をして俺を見ている気がするんですが。


「店の従業員募集も急がなくちゃね。ふふふ特訓かぁ、血が騒ぐわぁ」

「……あれ?私、ちょっと早まった?」

「……そうかも」

「明日からモニカは立つのもしんどくなるかもしれんな」

「え、ちょっと父さんどういう事!?」

「まあ、明日になればわかる……」


 魔法の練習をやったと思ったら、今度は冒険者訓練……しばらくゆっくり休める時間はなさそうだ……。

 あれ? ちょっと待って、俺まだ冒険者になるって決めてないはずなんだけど。

 何かもう既に俺が冒険者になるって決まってるの!?

 興味はあるけど、そのうち登録してみようかくらいで、しばらくは獅子亭で働きながらのんびりしたかったんだけど!

 獅子亭の三人に囲まれてオロオロしてたら、テーブルの上で丸まったままのエルサが寝言のように「諦めるのだわ」と言った言葉を聞いて項垂れるしかなかった。



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