第28話 冒険者を勧められるリク
日も沈みかけた夕方、うっかりと言うか何と言うか……広い範囲を凍らせてしまってその氷を解かすのに結構な時間がかかってしまった。
完全に暗くなる前に獅子亭に戻れて良かった。
マリーさんも手伝ってくれたんだけど、2時間くらいで魔力が少なくなったからと脱落した。
何でそんなに魔力があるのかと、何やら不思議な物を見る目で皆に見られながら黙々と氷を溶かしていった。
火の魔法を使っていたから細心の注意を払って。
火だからね、加減を失敗して火傷したりするのも嫌だし……エルサが見守ってくれたからひどい事にはならないはずだけど、一応ね。
最初は少ない魔力で小さい魔法というのが、感覚的にわからず難しかったけど、溶かす作業の最後の方では大分うまくなったんじゃないかと思う。
地面に小さいクレーターが出来たりしなくなったし……。
火を燃やして熱で溶かせばいいのに爆発したり、爆風の熱で火傷しかけたり……でも何とかなった、うん。
今では暗い所で松明の篝火の代わりに指先に火を灯して明かり代わりにだってできるし、何度か使った魔法はイメージの固定化(エルサが言ってた)とやらで魔法名を言わなくて良くなり、瞬時に発動できるようになった。
まあ、火の魔法は熱いし明かりの場合は他の魔法を使うからやらないけど。
「リクの魔法はほんと規格外ね……」
「自分でも驚いてます」
マリーさんの呟きに俺は苦笑しながら返すが、ほんとに自分でも驚いている。
魔法が使えればいいなーと考えてはいたが、魔力量が多すぎて小さい魔法を使うのに苦労するなんて。
エルサが言っていた通り、慣れるまでしっかり練習しないと危ないねこりゃ。
「よーし、飯が出来たぞー」
「ご飯なのだわ!?」
獅子亭に戻るなりすぐ夕飯の準備に取り掛かっていたマックスさんが、作ったご飯を持ってくる。
定位置になりつつあるモニカさんの膝の上で抱かれて撫でられていたエルサが即座に反応する。
やっぱり食いしん坊ドラゴンだ。
今日はお店を開けていないから簡単な物にするって言っていたけど、煮込んだ肉の入ったスープが出ているから、これだけでも十分だ。
「しっかり煮込まれてて、おいしいです。ありがとうございます、マックスさん」
「まあ、今朝出る前に一応これだけは仕込んでたからな」
「今日は魔力も使って少し疲れたから、お肉がおいしいわ」
「あ、エルサちゃん、スープがお皿からこぼれてるわよ」
「がふがふ……モキュモキュ……」
慌てて食べ始めたエルサはお皿の端からスープをこぼしていたが、モニカさんにお世話をされている。
お肉もおいしいが、スープ自体、おいしい。
パンに浸けて食べると何とも言えない味わい……肉だけじゃなく他の隠し味もありそうだ。
「センテの街でもスープは食べましたけど、やっぱり獅子亭で食べるご飯が一番おいしいですね」
「そいつは嬉しいな。まあセンテは野菜の街だから、野菜を使った物が多くて肉を使う事が少ないからな」
確かに、肉はほとんど見なかった。
野菜もおいしいから、それはそれでいいんだけどね。
「しかし、リクよ」
「はい?」
「お前、これからどうするんだ?」
「どうするとは?」
「いやな、今のままここで働いてるってのももったいないと思っちまってな」
「そうですか?」
「今日みたあの魔法な?あんなのが使える人間を、ただ店の従業員として雇っておくだけってのもな……」
「駄目なの?父さん。リクさんがいてくれて助かってるのに」
食べながらマックスさんが切り出した話しを聞いて、スープを飲み終わったモニカさんが顔を向ける。
「駄目ってわけじゃないんだが……」
「私もこの人も若い頃は色々やったからねえ。あれだけの力を持ってるのに小さな店で働くだけっていうのもねえ」
「色々ですか……冒険者とか?」
「冒険者……」
俺が言った冒険者という言葉にモニカさんが一人呟き、何事か考えている。
「……そうだな。リク、お前冒険者登録してみないか?」
「冒険者登録ですか?センテの街ではちょっと興味を持って調べたりはしましたけど……」
「そうね、冒険者になるのが一番良いかもしれないわね」
マックスさんとマリーさんが二人で進めて来るが、ちょっと考えてしまう。
冒険者になってそちらにかかりきりになった場合、獅子亭で働く事が出来なくなる。
収入があって生活が出来れば良いと考えることも出来るけど、ここの人達のためになる事もやっていきたい。
興味はあるから、いずれ冒険者になる事はあっても今すぐというとちょっと戸惑う。
「冒険者には興味はあるんですが、ここを辞めたくはないですし……」
「まあ確かにリクがいてくれて助かってるんだがな」
「でもねリク、あんたはまだ若いんだから、ここだけじゃなくて色んな事をしてみるのも良いと思うよ」
「色んな事……」
「そうだな。色んな事をして、色んな物を見る。一番手っ取り早いのが冒険者だな」
「父さん達もそうだったの?」
「ああそうだ。色んな街に行って、色んな依頼を受けて。この獅子亭で出してる料理も、その頃に学んだ物が大半だしな」
「アンタ、冒険者になってすぐの頃はろくに料理なんて出来なかったのにねえ」
「料理出来ないと、野宿する時に美味い物が食えないからな」
そう言ってマックスさんは笑っている。
そうか、冒険者だから旅をする。
当然野宿をする事だってあるし、いつもちゃんとした料理が出て来てそれを食べられるわけじゃないもんな。
旅をする事でこの世界を見る事もできる。
色んな事を知ることが出来るのは悪い事じゃない。
「まあ、冒険者だからってすぐに色々旅をするわけじゃない。初めはランクも低いから依頼も少ないし、街から離れるような物もほとんどない。だから、最初のうちはコツコツ依頼をこなして、ランクを上げればいいんだ。依頼の無い日はうちで働いてもいいしな。給料は働いた分、ちゃんと出すぞ」
「そうね、高ランクになれば強い魔物の討伐依頼とかもあるけど、リクなら簡単に討伐できそうだしね」
「あとそうだな、冒険者登録していた方がいい理由がもう一つある。むしろこれが一番大事だな」
「どんな理由ですか?」
皆が食事を終え、食べ終わった食器はそのままだけど、マックスさんの雰囲気に少しだけ身構える。
エルサは満腹になったのか、モニカさんの膝の上で丸くなっている。
お前は気楽だねえ。
「リクの魔法はドラゴンの魔法だろ?そして実際にエルサってドラゴンが目の前にいる」
「はい、そうですね」
自分の名前が出たからか、エルサが顔を少し上げてまた丸まった。
頭の上に付いてるモフモフの耳だけはピクピクさせているので、ちゃんと話は聞いているのだろう。
……今度その耳をモフモフさせてもらおうと決意した。
「まず、出来ればドラゴン関係は全て隠した方が良い。どこで誰が聞いてるかわからないし、噂になればどんな尾ひれが付くかわかったもんじゃない。貴族何かが召し抱えに来るとかならまだ良い方で、リクを殺して無理矢理エルサを奪おうなんて考える輩がでてもおかしくない」
「それは……確かに面倒ですね」
「正面切って狙われるならまだいい、お前にはあの魔法があるからな。誰も太刀打ち出来んだろう。だが、そういう奴らは悪知恵が働くからな。色々面倒な事になりかねん」
「それはわかりますが、何故それと冒険者になる事の関りがあるんですか?」
「冒険者ギルドってのは国に縛られない組織だからだ。もしこの国のお偉いさん達が無理にお前をどうこうしようとすると、冒険者ギルドが守ってくれるはずだ。冒険者登録をしておけば、国からの要請だとか命令だとかは断る事も出来る」
「なるほど。確かにそれは便利ですね」
マックスさんの説明に、冒険者になる利点が浮かんでくる。
権力というやっかいな物に絡まれない為というのは、大きな利点ではないだろうか。
冒険者登録をする事に対し、以前よりも前向きに考えていた。
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