第26話 癒しのモフモフとエルサのドラゴン魔法講座



 夜、皆との話しを終えて俺は借りている店の2階にある部屋へと入る。


「ふぅ……あんなに皆心配してくれてたんだな。まだ出会って1か月くらいの俺を……か」


 前の世界では心配してくれる人はほぼいなかったと思う。

 両親は俺が物心付く前に亡くなって、親戚が引き取ってくれたけどあまり話した覚えもない。

 高校に入ってからはバイトをしながら一人暮らしを始めたし、バイト先でも親しくなる人はいなかった。

 学校では同級生と話しはするけど、バイトが忙しかったのもあって、部活も入らなかったし誰かと遊びに行く事も無かった。


「こうして考えると、俺あんまり人付き合いして来なかったんだな」


 こっちの世界に来て、無一文で放り出された事もあるがよく知らない店に働かせてもらえるように飛び込めたものだと、今更ながらに思う。

 馬車の中ではロジーナやレッタさん、ハンスさんやソフィーさんと話した。

 ソフィーさんにいたっては、武具店に案内してもらう等もしてもらった。

 いずれもきっかけは自分からではなく、向こうから話しかけて来た事ではあるけどね。

 この世界にいる人達、それかたまたま会った人たちが親切だったのか、それとも元の世界での他人との

関わりが薄くなったのか……。

 いずれにせよ、心配をしてくれた事に戸惑いはあるけど、やっぱり嬉しい。


「心配させないように気を付けないとな」


 そう決意して、俺はベッドに倒れ込んだ。

 明日は魔法練習、早めに寝ないとと思うけど、目を閉じても一向に眠れる気配がない。


「やっぱ、気にしないなんて出来ないよなぁ」


 マックスさん達との話しで一応は心の整理は付いたものの、一旦思い出してしまうと気になってしまう。

 時折手の震えも起きる。


「これも、慣れないといけない事なのかも」


 マックスさんは人の心を無くすと言っていたけど、多少は慣れて行かないといけない部分もあるだろう。

 冒険者になるのであれば、尚更だ。


「ん?」


 何とか寝ようとしている時に、ドアがノックされる。


「リク、私なのだわ」

「エルサ?」


 俺はベッドから起き上がり、ドアを開けてエルサを部屋に入れる。

 エルサはモニカさんに気に入られて、今日は一緒に寝るとモニカさんの部屋に連れて行かれたはずだけど。


「やっぱり昼の事を気にしてるのだわ。顔が暗いのだわ」

「……そうか」


 エルサは俺が寝れなくなる事をわかって来てくれたらしい。


「契約相手の事はなんとなくわかるのだわ。仕方ないのだわ、今日は寝られるまで付き合うのだわ」

「ありがとな」

「構わないのだわ。今日は寝るまでならモフモフしていいのだわ」

「ほんとか!」

「……すごい食い付きなのだわ。あんまり変なとこを触らないのであればいいのだわ」


 モフモフをモフモフできる!こんなに嬉しい事は無い!

 さっきまで悩んでいた事は既に頭から追い出されていた。

 エルサは俺より少し大きいくらいに調整して体を大きくさせ、俺の体を包み込むようにベッドに入る。


「あーモフモフがー」

「……おかしな人間なのだわ」


 モフモフに包まれて幸せを感じていると、すぐに瞼が重くなって来た。

 モフモフの安心感に包まれて俺はそのまま眠りに就いた。


「もう寝たのだわ。こんなに早く寝るとは思わなかったのだわ。…………ゆっくり寝るといいのだわ」


 エルサが何か呟いたような気がしたが、モフモフに包まれて幸せな眠りに入った俺の耳には入らなかった。



 翌日、マックスさんが用意してくれた朝食を皆で食べ、4人と1匹で街の北を出て人のいない場所へとやって来た。


「ここなら、誰かに見られることもないだろう」

「思いっきりやっちゃってもいいのよ」

「リクさん、頑張って!」


 ほぼ何もない荒野で、見晴らしが良過ぎるくらいだけど、ここまで来れば街からも見えないし、人の気配もないから大丈夫だろう。

 あ、むこうに角の生えた兎?がいるな。

 数メートル離れた所でこちらを見て様子を窺ってるようだ。


「ホーンラビットだな。角で突き刺してくる魔物だが、そこに気を付ければ子供でも狩れる。毛皮は防寒具に出来るし、肉もおいしいぞ」

「そうね、じゃあホーンラビットを標的にして魔法を使ってみましょうか」

「わかりました」

「リクさん、頑張って!」

「リクの使う魔法は人間の魔法と違うのだわ。だから呪文とかは必要ないのだわ。頭でイメージを浮かべて、そのイメージを具現化するために魔力を変換させればいいのだわ」


 イメージが大切なんだな。

 念のため、皆から少し離れてからホーンラビットを見る。

 エルサは今日もモニカさんに抱かれてモフモフを撫でられていた。

 よし、ならいきなり火を出すのも危ないかもしれないから、氷で凍らせてみよう。

 氷、大きな氷をイメージ……ホーンラビットの周りを冷たくして凍っていく感じで……。

 イメージを深くしていく毎に、今まで感じた事の無い力が体内で湧き上がってくるのを感じる。


「そうなのだわ。そのままイメージを続けて、魔力を少しだけ変換させて放てば魔法になるのだわ」

「おい、これって」

「リクの体の魔力が溢れてる?人一人からこんな魔力感じた事ないわ」

「リクさん、頑張って!」


 さっきからモニカさんが同じことしか言ってない気がするけど……気にしないでおこう。

 えーと、こうか?

 イメージ、凍らせるイメージ、この湧き上がる力が魔力なら、これを凍らせるエネルギーに変えるようにイメージして……少しづつ変えていく。

 頭の中で無色のイメージだった魔力が、氷をイメージする時に浮かんだ青色へと変わっていく。


「段々変換出来てるのだわ。後はそれを放てばいいのだわ」

「リクの周りが青く光ってるな」

「こんなの初めて見たわ。魔力を放出しても色が付いたり目に見えたりする事なんてないはずなのに……」

「リクさん、頑張って!」


 やっぱりモニカさんは同じ事しか言ってないな。

 えっと、青色の魔力を少しづつ作って……放出ってどうやるんだ?体の外に押し出す感じでいいのかな?とりあえずやってみよう。

 体の中にある魔力、最初はほんのり温かみがあるような気がしていたけど、氷のイメージと重ねて青くなっていったあたりからひんやりと冷たくなっていた。

 冷たい魔力を体から押し出すように……。


「放出する時はイメージを具現化するような言葉を言うと楽なのだわ。慣れるまでは何か魔法とイメージが繋がるような名前を決めるといいのだわ」

「なんか、見た事ない程の魔力がリクの周りにある気がするんだが……」

「ええ、あんな膨大な魔力……ちょっと待って、これって私達、危なくないかしら?」

「……」


 遂にモニカさんが同じことを言わなくなった、チラリと横目で見てみると期待しているのか、キラキラした目でこちらを見ている。

 魔法の名前か……名前……名前……よし、これだな!

 魔力をイメージで固めて、思いっきり外に押し出す感じで、最後に魔法の名前を!


「あ、ちょ、ちょっと待つのだわ!そんなに魔力を……」

「ブリザード!!」


 エルサが何かを言っていたが、言い終わるより早く俺が魔法の名前を叫び、魔法が完成する。

 体にあった冷たい魔力が外に出ていく感覚。

 ちょっとだけ喪失感のようなものがあるけど、この感覚が大きくなれば魔力枯渇に繋がるのかもしれない。


「結界!」


 体の中の魔力が外に全て出た瞬間、視界全てが自分の魔力、青い魔力に遮られた。

 それと共に、辺りの温度が急激に下がった。


 パキィン!


 一度だけ、何かが凍るような、凍った物が割れるような音が響いた後に何も聞こえなくなった。


「……えっと」

「やりすぎなのだわ。結界を張らなかったら危なかったのだわー」


 周りを見回すと、俺を中心に360度全方位、エルサのいる場所以外が数十メートル先の地面が凍っていた。

 見学に来ていた三人は、驚きからか口を開けたまま茫然としている。

 当然、ホーンラビットも凍っていた。



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