第18話 続・リクのいない獅子亭とモフモフ犬が巨大化



 ――――――――踊る獅子亭の人達


「……はあ」

「あら?どうしたの?モニカ」

「あ、母さん。何でもないわ」

「そう?朝からソワソワしてるけど……」

「……私はいつも通りよ?」

「…………全然そうは見えないんだけど……同じところを掃除したり、注文を間違えたり……そわそわというより、心ここにあらずかしら?」

「……そんな事は……」

「はあ、全く。今日リクが帰ってくる予定の日だからそんなに待ち遠しいの?」

「そ!そんな事は!ない……わ……」

「わかりやすい子ね……」

「……そんなにわかりやすかった?」

「ええ、見るからに様子がおかしいもの」

「……」

「ちなみに父さんも気づいてるわよ」

「え!?」

「相手がリクという事もわかってるから、暇な時は厨房で包丁を研いでるわよ」

「それは……止めなくていいの?」

「まあ、本当にその包丁でリクを刺したりはしないでしょ」

「だといいんだけど……」

「リクを刺したりなんかしたら、大事なモニカに嫌われるからね」

「わ……私はそんな……」

「はいはい、わかったから。とりあえず今は店の事に集中してね。仕事をしてればすぐにリクは帰って来るわよ」

「……うん」

「……ま、モニカも良い歳だし、リクも悪い人じゃないし、良い事なのかね」


 マリーの呟きは誰にも聞こえず、昼の獅子亭の喧騒に消えて行った……。


 ――――――獅子亭営業終了後


「おかしいわ!」

「……」

「そうねえ……」

「センテの街から馬車に乗って帰れば、日が落ち始めるくらいに帰ってくるはずでしょ?父さん?」

「……そうだな。どこかで寄り道でもしなければそのはずだ」

「リクさんは寄り道して帰りが遅くなるなんて事をしなさそうだし……まさか、野盗に襲われたとか!?」

「さっき、馬車に乗ってヘルサルに来た人が客で来たから、それは多分大丈夫だお思うわ。でも、何もなければもう帰ってきてもおかしくないのよね」

「馬車に乗り遅れたのかしら?」

「そうかもねえ。でもリクは働き始めてから寝坊したり遅れたりした事はないから、どうなのかしら?」

「まあでも、一応それも考えられるか……ちょっと東門の馬車組合に行ってリクらしい人が乗って来なかったか聞いてくる」

「私も行くわ!」

「いや、モニカは家で待ってろ」

「でも……」

「落ち着きなさいモニカ。入れ違いで帰って来るかもしれないわ、そうしたら一番に出迎えてあげなさい?」

「……うん、わかったわ」

「それじゃ、俺は行ってくる」

「いってらっしゃい、父さん」

「何もなければいいんだけど……」

「リクさん……」


 獅子亭の人達は帰って来ないリクを心配していた。



 ――――――センテ近くにある森の中の広場



「!」


 眩い光に晒されながら俺は目を瞑っていたようだ。

 閉じた瞼越しにも眩しい程の光がわかる。

 強い光だが、何故か暖かさを感じていた。

 何かが自分に流れ込んでくるような感覚。

 何かが自分から出ていくような感覚。

 流れ込んでくるものは暖かく、出ていくものには喪失感も無い。

 ただただ光が収まるまでの間目を閉じているしか出来なかった。

 どれくらいの時間が経ったのか……。

 瞼から透ける光が収まったのを感じ、恐る恐る目を開く。

 場所は先程から変わらず、森の中にぽっかりと開いた広場。

 しかし、目を開けてからずっと俺の正面には白く光る何かがあった。

 その白く光る何かは大きく視界を埋め尽くし、先程まで見えていた目線の先の森が全て隠されている。

 目の前にある白は一体何のか確かめるため、顔を動かし全体像を見ようとして気付く。


「!?」


 それは大きな犬だった。

 犬と言えば、先程までいた小さい犬はどこにもいない。

 代わりとばかりに目の前にいるのは、10メートルはありそうな巨大な犬だった。

 その犬は顔を下げ、じっとこちらを見ている


「これは……」


 白く輝く体……いや、これは体を覆う毛が光っているのか。

 顔を見ると先程まで目の前にいたはずの犬の顔の面影があるように思える。

 まさか、さっきの犬がこれ?

 近くに他に犬は見当たらないし、そう考えるしかないのか?

 でも大きさが違いすぎるし……。

 犬は巨大、口を開けてこちらへ向かえば俺なんて一口で丸のみにされるだろう。

 むしろ足に踏まれただけで簡単に踏みつぶされるだろう巨体。

 白い光は神々しさも感じるけど、どことなく威圧感や圧迫感も感じる。

 これは、この広場に入る直前の森の雰囲気に似てる……。

 だけど、そんな巨体と威圧感を前にしても俺は気圧される事はなかった。

 それどころか、安心感のようなものを感じているのと一緒に、何処か繋がっているような感覚もあった。


「一体何が……?」


 疑問が口をついて出るが、俺の目線は白く輝く物に釘付けだった。

 さっきから気付いていても冷静に分析するようにして誤魔化していたけど、これは……ヤバイかもしれない……

 込み上げる衝動を抑えきれそうにないところで、目の前の犬が口を開けた。


「驚かせてしまったのだわ?すまないのだわ。私は……!?」

「モフモフがー!モフモフがー!」


 もう無理だ!この衝動を抑えきる事なんで出来ない!

 何かを喋った犬の言葉を遮り、俺は目の前の白く輝く素晴らしい物に全力でダイブ!

 体ごとその白く輝く物……犬のモフモフに飛び込んだ!


「!?……な……何を!?」

「モフモフー。これは素晴らしいモフモフー」


 犬がなにか戸惑っている気がするが、俺にそんな声は耳に届かない。

 体ごと包まれた素晴らしいモフモフを堪能する事しか頭にない。


「あー、これは癖になる……どころか駄目になる……」

「えっと……」


 モフモフをモフモフし続ける。

 こんなモフモフ今まで味わった事ないぞ!?手で触れる感触も最上のモフモフだけど、体ごとモフモフに包まれるなんて夢みたいだ!


「こっちもモフモフー。あっちもモフモフー」


 体を移動させ、色んな場所のモフモフを堪能する。

 どこにいっても最上のモフモフがあり、何処を触っても最上のモフモフがある。

 まさに理想のモフモフ!

 これは夢か!?

 夢でも現実でも構いはしない。

 このモフモフの前では些細な事だ!

 とはいえ、これが夢で目が覚めたらまだセンテの街の宿だったりしたら血の涙を流して悔しがるだろう。

 野盗に襲われた恐怖?森から出られるかどうかの不安?そんなの知った事じゃない!

 これだけ素晴らしいモフモフなのだ!これが夢である事の方が恐怖だ!

 もう俺、このまま死んでもいい……むしろこのモフモフに包まれて死にたい……。

 これだけでこの世界に来た事は間違いじゃなかったと断言できる!元の世界に戻れなくてもいい!この世界は素晴らしい世界だ!神様!ユノ様!ありがとう!


「……何か泣いてるのだわ……これはどうしたらいいのだわ……あ!?ちょ!?そこをそんな風にしたら!だわーーー!」


 モフモフ……モフモフ……

 体が10メートルくらいあるなんて何のその、常人とは思えない動きで犬のあちらこちらに体を移動させ、俺はモフモフを堪能する!


「……はあ……はあ……もう……好きにしてなのだわ……」


 どこからか疲れたような、諦めたような声が聞こえて来た気がしたが、俺はモフモフに夢中。

 そんな声なんか知らないとばかりにひたらすらモフモフを堪能する事だけを考え、モフモフしていた。



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