第9話 休憩と昼食と冒険者さん



「ん~っ」


 約4時間、揺れる馬車に座って固まった体を伸ばす。

 いつの間にか草原を抜け、森の横の街道を走っていた馬車は木陰で一旦止まり、休憩にするようだ。


「1時間後に出発しますので、それまでしばし休憩していて下さい。私は馬を休ませてきますので」


 御者の人がそう言うと、馬を馬車から離し、少し離れたところへと連れて行く。

 馬もずっと走りっぱなしってわけにもいかないよな。

 馬車から出て来た人達は体を伸ばしつつ思い思いに休憩を取り始めた。

 この辺りがヘルサルとセンテのちょうど間くらいで、いつもここでお昼を食べたり休憩をしたりするそうだ。

 半分か、揺れは結構あったけど、酔ったりはしなかったな。

 お尻は痛いけど……。


「さてと、昼でも食うか」


 マックスさんに持たせられた昼食を、肩から下げていた鞄から取り出す。

 モニカさんとの買い物で買った肩掛け鞄だ、これにマックスさんから預かった手紙や宿代のお金なんかも入っている。

 こんなにすぐ使うとは、買っておいて良かった。

 パンに獅子亭特製の肉と野菜を挟んだものだ。


「というかマックスさん、これ多すぎじゃない?」


 長さが30㎝はあるパンにこれでもかと肉と野菜が挟まっている物が……4個……。

 1個でお腹いっぱいになりそうだなぁ、まあ1個は晩飯にしよう、それくらいはもつだろう。

 けど……残りの2個はどうしようか……


「リクお兄ちゃん、そのパン大きいねー」

「お、ロジーナちょうどいいとこに」 

「ん?」

「このパン、食べる?」

「いいの?」


 さすがに俺一人で全部食べ切れないからなあ、捨てるよりは全然いいだろう。


「レッタさんもどうですか?」

「いいんですか?」

「ちょっと多く持って来てしまって、むしろ食べてくれるとありがたいです」

「それでは、こちらのパン1個をロジーナと半分づつ頂きますね。ありがとうございます。ロジーナもお礼を言って」

「リクお兄ちゃん、ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」


 親子は一応干し肉のような物を持って来ていたけど、さすがにそれだけでお腹いっぱいになるわけではなかったようで、二人共おいしそうにパンを食べている。


「……モグモグ……んーやっぱマックスさんの料理はおいしいや」


 パンを齧り、肉と野菜を口いっぱいに入れる。

 獅子亭特製の肉と野菜、ここ1か月で慣れ親しんだ味だけど、やっぱりおいしいね。


「これおいしいね、リクお兄ちゃん」

「そうかい?なら良かった」

「おいしいですね、これもしかして、踊る獅子亭の?」

「あ、わかります?というか獅子亭を知ってるんですか?」

「はい、ヘルサルの街では有名なお店ですから。味良し量良し値段良しって評判ですよ」


 確かに獅子亭はおいしいし、人も多く来るけど、有名な店だったんだ。


「俺、その獅子亭で働いてるんです。今日はお店の仕入れ関係でセンテまで行くので、獅子亭の店主の人が持たせてくれたんです」

「そうなんですか。この味が街の外で食べられるのは嬉しいですね。今度踊る獅子亭に行かせて貰いますね」

「是非来て下さい、おいしい料理を作って待ってますよ。作るのは僕じゃないですねけどね」

「ふふ、はい、その時はお願いします」


 和やかにレッタさんと話しているけど、残りの1個どうしようかなあ……。

 ロジーナは半分にしたパンを小さい体で一生懸命食べている。

 量が多いけど、全部食べられるんだろうか?

 そんな事を考えつつ、パンを齧っていると、こちらに近づいて来る人がいた。


「すまない、話が聞こえたのだが、そのパンは踊る獅子亭の物だそうだが?」


 馬車に乗っていた、旅人風の女だ。

 さっきまで一人、木を背にして休んでいたのに、こちらの話を聞きつけて来たようだ。


「ええ、踊る獅子亭の店主が作った、パンに肉と野菜を挟んだ物です」

「それを私にくれないか!?」

「え?」


 獅子亭の物だと分かった途端に勢い込んで近付いて来る。

 ってちょっと待って、近い近い!そんなに顔寄せなくても聞こえるって。


「ちょっと落ち着いて、近いですよ!」

「おっと、すまない、取り乱した」


 美人の部類に入るお姉さんは、勢いが余りすぎて近づきすぎた事を謝る。

 ちょっと顔が赤くなってるのは恥ずかしいからか、獅子亭のパンに興奮しているからか。


「せっかくヘルサルの街に行ったのだが、時間が取れなくてな、結局踊る獅子亭に行けなかったんだ。だからそれが踊る獅子亭の物だと聞いて少し我を忘れてしまった」


 パン一つで我を忘れるって、どれだけ獅子亭の料理を食べたがっていたんだ?

 まあ、ちょうど1個余ってるし、この人にあげてもいいか。


「まだ1個余ってますから、食べますか?というか、これ結構大きいですけど、入ります?」

「ほんとか!?大丈夫だ、踊る獅子亭の料理ならどれだけの量があっても全部残さず食べる!」

「ははは、無理はしちゃいけませんよ、はい、どうぞ」

「ありがとう、恩に着る!」


 俺からパンを受け取ったお姉さんは、すごく嬉しそうな顔をして勢いよく齧りつく。

 さて、それじゃ俺も残りを食べますかね、いつの間にかレッタさんとロジーナは全部食べ切っており、満足した顔をして座っていた。


「ん……モグモグ……」


 よし、全部食べ終わったな、やっぱ1個で腹いっぱいになるなー。


「ああ、満足だ……ありがとう!おかげで逃したと思っていた踊る獅子亭の料理を食べられた」

「え?もう食べたんですか?」


 俺がパンの残りを食べてる間に1個全部食べ切ってる……早過ぎじゃないかな。


「ああ、一度逃したと思った物が食べられるんだ、勢いが止まらなかった」

「そうですか、満足して頂けたようで、何よりです」

「ああ、満足だ」


 満面の笑みとはこういうのを言うんだろう、輝くような笑顔がパンに満足した事をこれでもかと表している。


「そうだ、名乗らず失礼をしていた。済まない、私はソフィーと言う」

「どうも、リクと言います。よろしくお願いします」


 ちょっと騎士っぽくて固い喋り方なお姉さんだ、名乗りながら手を出して来たので握手しておく。

 美人な人の手を握って柔らかいだの何だの、変な事は考えてはいないぞ?ほんとだぞ?

 だれに言い訳をしているのかわからないが、何となく言っておかないといけない気がした。


「冒険者をしている。いつもはセンテの冒険者ギルドにいる」

「冒険者の人だったんですね。それなら今度冒険者について色々聞かせてもらえるとありがたいですね」

「わかった。私にわかる事なら教えよう、ではまたな」


 そう言いつつ、少し離れて木を背に座り休憩モードのお姉さん。

 センテに行ったら、一度冒険者ギルドに行って色々聞いてみてもいいかもな。

 昼も取り終わり、何となく全体にゆっくりする空気が流れ、俺も満足したお腹をさすりながら休憩する。

 少しうとうとし始めたところで、御者の人から声を掛けられる。


「それでは時間ですので、休憩は終わりにして出発します。皆さん馬車の方に乗って下さい」


 全員馬車へと乗り込み、御者の人の「出発しまーす」の声と共に街道をセンテへ向かって走り出す。

 休憩で痛くなくなったお尻がまた痛くなるであろう馬車の揺れが、やっぱりちょっとしんどいな。

 座布団……欲しい……。



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