第7話 隣町への出張お仕事



「リク、すまねぇがお前隣街に行って来てくれねえか?」


 買い物をして数日後、その日はマックスさんのそんな言葉から始まった。


「隣街ですか?」

「ああ、ちょっと困った事があってな」

「困った事?」

「仕入れの事でな、いつも野菜を仕入れてもらってる問屋が隣街にあるんだが、いつもは仕入れた時に次の仕入れの打ち合わせをするんだ」


 マックスさんは少し気まずそうな顔をしている。

 これは……


「その打ち合わせの時にな、ちょっと酒が入ってたせいか、次の仕入れの量を伝え間違えたんだよ……」


 マックスさんが失敗するのは珍しいと思ったが、酒を飲んだうえでの失敗だったか……。

 これはあとでマリーさんにこってり絞られそうだ。


「隣街の問屋に仕入れ量を伝えるだけでいいんだが、俺はこの店から離れられねえから、代わりにリクに行って来てもらえないかと思ってよ」

「隣街ですか」


 この世界に来てからというもの、この街以外の場所には行ったことがない。

 少し不安ではあるが、他の場所を見てみたいという好奇心もある。


「隣街まで馬車で半日だ、向こうで色々見て来てもいい。2,3日くらいで帰って来てくれればいいからよ」

「そうですか、わかりました。マックスさんの代わりに行って来ます。いつもお世話になってますからね、これくらいはしないと」

「そうか、ありがとよ、馬車代や宿代はこちらが出す。問屋の場所もしっかり教えるからな」

「はい」


 そうして、俺は隣町に行くことになった。

 ちなみにマックスさんはこの後、マリーさんだけでなくモニカからもきつく怒られたようだ。

 大きな体を小さく縮めて謝っている姿からは、いつもの豪快な雰囲気は一切なかった。

 正座ってこっちにもあるんだなぁ、床や地面は固いから足痛そう……。


 隣街はヘルサルから東へ馬車で半日、センテという名前の街だ。

 センテはヘルサルより人口は少ないが、農業地の真ん中にあるため、野菜交易の要所らしく、その街から各街へ野菜が卸されるらしい。

 そこにある、獅子亭が贔屓にしている問屋に行き、仕入れ注文の間違いを伝えれば仕事終了。

 あとはセンテを観光して周ってもいいし、適当に買い物でもして帰って来てくれって事らしい。

 あ、そういえば言ってなかったけど、この国の名前はアテトリア王国って名前で、小さくもなく大きくもない国らしい。

 王族とか貴族っていうのもいるみたいだけど、さすがに会ったりはしていない。

 というか、一般の飲食店で働いてるだけの俺が会えるわけないか。

 

 隣町に行くと話して翌日、俺は旅支度を整えて店の前に出た。

 旅支度って言っても、最初に着てたマントを羽織ってるくらいだけどね。


「リク、センテ行きの馬車は東門のとこに止まってるから、遅れずにしっかり乗るんだよ」

「リクさん、気を付けて行って来てね。怪我とかしないように」

「はい。3日後には帰ってきます」


 三人に見送られてまずは東門へと出発しようとした時。


「あ……!」

「え?」


 マックスさんが何かに気づいて声を上げたので、そちらをみた。


「いかんいかん、忘れてた、ちょっと待ってろ」


 そう行って、急いで店の中へと走って戻っていくマックスさん。


「?」


 何だろうと思って、マリーさんに聞こうと思ったら、すぐに帰って来た。


「リク、これが向こうの問屋の場所と、宿の場所だ。俺の名前を出してこの手紙を渡せばいい」

「あ、はい」


 そういえば俺、場所とか聞いてなかったな。

 危ねぇ、これ忘れてたら向こうについてまた俺途方に暮れて迷子になるとこだったかも……。


「アンタ、そういうのは忘れず前もって渡しときなよ!」


 マリーさんがマックスさんを怒っているが、マックスさんは済まねえ済まねえと頭に手をやりペコペコ謝っている。


「まったくお父さんは。それで、その手に持ってるのは?」

「お、これか」


 手紙の他にマックスさんが持ってきていた物があった。


「こいつは、俺が昔使ってたもんだ。手入れはしてあるから、まだまだ使える」


 そう言いつつ俺のそれを渡してきた。


「これは……」


 ショートソードというのだろうか、全長1mくらいの剣を受け取った。

 剣……剣!?

 俺、刃物って包丁くらいしか持った事ないんだけど……。

 まあ男の子は剣とかに憧れたりするよね、俺も憧れた。

 使えるかどうかは憧れとは別問題だけどね。


「まあ、単なる用心のためだがな。街道にはたまに野盗が出る事もある。一応持っとけ」

「……使えるかはわかりませんが、わかりました」

「……大丈夫?リクさん?」


 モニカさんが心配そうな顔をしているが、まあ何とかなるだろう、多分。


「大丈夫、だと思う……」

「なあに心配すんな、馬車には一応護衛が付いてるからな、持っておくだけだ」

「はあ」


 とりあえず剣を腰のベルト部分に取り付け、下げてみる。

 大きい剣ではないけど、ちょっとした重みが加わり、剣を持った実感と強くなったような錯覚。

 実際持っただけだから強くはなってないので、勘違いしてはいけない。

 そうして、今度こそ三人に見送られ、俺は東門へと向かった。


「行って来ます!」

「行ってらっしゃーい」

「気を付けてね」

「頼んだぞー」


 

「えーと……馬車……馬車……と、あれかな?」


 東門の手前、馬4頭を繋いだ人が10人くらい乗れる幌馬車が止まっていた。


「センテ行きの馬車、もう少しで出発しまーす、お乗りの方はこちらでーす」


 馬車の横で男性が周りに向かって叫んでいる。


「間に合ったか、良かった」


 少し小走りになりながら俺はその男性の元へと急ぐ。


「センテ行き、乗せて下さい」

「はーい、料金は銀貨10枚だよー」

「はい、これで」


 男性に銀貨を渡す。

 片道だけで銀貨10枚、約1万円は高いような気がしたが、電車やバスの料金に慣れた俺の基準で考えても仕方ない。

 護衛も付いてるってマックスさんも言ってたし、この世界ではそのくらいが相場なんだろう。

 馬車に乗らなかったら徒歩しかないし、仕方ない。

 徒歩だと2~3日はかかりそうだ。

 さすがにまだ慣れないこの世界を一人で2~3日も旅する度胸はない。


「では、こちらにお乗り下さい、間も無く出発します」


 馬車に乗り、空いている場所に座る。

 乗っているのは、商人風の男、旅人風の女、母親と女の子の親子、鎧を着込んで腰に剣を携えた男性二人、俺を合わせて7人だった。

 10人くらい乗れそうかと思ったけど、いっぱいにはなっていないようだ。

 満員電車とまでは言わなくても、乗る場所いっぱいに詰め込まれるよりはいいな。

 最後に乗り込んだ俺に視線を向けたが、特に何か言われることもなかった。

 まあ特に怪しい恰好ではない(多分)から、誰かが入って来たからと見ただけだろう。

 俺も後に誰かが入って来たら見てたと思う。


「では、出発します」


 幌馬車の外、御者台から声が聞こえ、馬達がゆっくりと動き出し、門の外へ出る。

 外へ出てすぐ、この世界に来た時、最初にいた草原があった。

 その草原の横に作られている街道を、馬車は走ってセンテへと向かっていった。

 結構揺れるから、少しだけ乗り物酔いが心配になった。

 いや、乗り物酔いよりもお尻が痛くなるかもしれないと、暢気に考えながらセンテに向かった。



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