第5話 今日は楽しい給料日


 

 お店の名前は『踊る獅子亭』。

 ボリュームのある料理が評判のお店だ。

 野菜と肉を一緒に炒めて、出た汁に別の野菜を入れて作った獅子亭スープ。

 炒めた野菜と肉を調味料を入れたうえで更に煮込んだ獅子亭煮込み。

 この二つが看板メニューで、安くて美味くて量が多い!が人気のお店だ。


「やー、最近ほんと客が多くてねぇ、手が回らなかったとこにリクが来てくれたから助かってるよ!」


 獅子亭の、いや、皆のかぁちゃん、このお店の店主の奥さんである、マリーさんだ。

 今日もちょっと横に大き目な体を揺らしながら豪快に笑っている。

 肝っ玉母ちゃんみたいな人だ。

 長く赤い髪を頭の後ろで結んで纏めている。

 昔は結構モテたんじゃないかな?

 何でも、混雑している時でも客の間を踊るように移動し、仕事をこなす事から踊る獅子亭の『踊る』の部分になったそうだ。

 あの横幅でよく人にぶつからないなと失礼な事を考えたりもする。


 「いえいえ、こちらこそ途方に暮れてたとこを拾って貰えて助かりましたよ」


 ほんと、ここで働かせて貰って、飯にありつけなかったらどうなっていた事か……。


 「持つ物もなく、金も無しでとにかく働かせて下さいと言って来た時は驚いたがな!ハッハッハ!」


 と大きな声で笑いながら店主兼料理人であるマックスさんがこちらに来る。

 マックスさんが動く姿が大柄な体に似合わず素早く、迫力があることから獅子亭の『獅子』になったそうだ。

 少し強面だが、基本的に豪快に笑い飛ばすような明るさで、俺より高い身長(190cmくらい?)と大柄な体でドシドシと歩くたびに音を立てている。

 この夫婦は二人とも大雑把と言えば聞こえは悪いけど、大抵の事は笑い飛ばしている。

 おかげでお店の雰囲気は明るいし、いきなり知らない場所で途方に暮れかけた俺も助かってる。


「アンタ、準備はできたのかい?」

「ああ、この後の戦の準備は万全だ!これで腹を空かした野郎共を迎えられる」


 お昼の獅子亭は戦場だ。

 次から次へと客が入り、客が食べ終わって店を出たらまたすぐ客が入る。

 2時間くらいの間だけど、その間ずっと店員は配膳から皿洗い、注文取りやらと大忙しだ。

 正直、もっと働ける店員が欲しいとこだ。


「こっちも、掃除終わりましたよ」

「ええ、ありがとうね、リク」

「おう、これで準備は全部終わったか?」

「あ、まだモニカさんの方が」

「………よし!こっちも終わったよ、父さん、母さん、リクさん」


 母親譲りの長くて赤い髪を後ろで結んでポニーテールにした少女がこちらを振り向く。

 モニカさんはマックスさんやマリーさんの娘で、親のため、お店のためと頑張る良い娘。

 男性客がたまに視線をよせる、動くたびに揺れる胸部分に俺も視線が行ってしまいそうになるのをいつも耐えている。

 可愛さの目立つ顔に、そのスタイルだからか、よく男が声を掛けるみたいだが、大体マリーさんが怒りの形相で詰め寄り、マックスさんが離れたところから睨むだけで撃退されている。


「モニカも終わったな。じゃあ今日も戦の開始だ!皆頼んだぞ!」

「ええ!」「はい!」「うん!」


 マックスさんの号令に三人で頷き、それぞれがそれぞれの持ち場に向かう。

 マックスさんは料理を作るために厨房へ、マリーさんは店全体を見て動くため見渡せる場所へ、モニカさんはウェイトレスだがまずは開店のため店の入り口へ。

 俺は皿洗いが主な仕事なので、一旦店裏へ。

 忙しい時は配膳や注文取りもするから、すぐに動ける態勢にはしておく。

 モニカさんが入り口のドアを開け、店の前で待っていた客が押し寄せてくる。


「踊る獅子亭へ、いらっしゃいませー!」


 外に向かって叫ぶモニカさんの声で、お昼の戦が開始された。



…………………………………

………………………………………………………………



「ありがとうございましたー!」


 最後の客が帰り、それに挨拶をするモニカさんの声が店内に響き、お昼の戦が終了する。


「ふぅ、なんとか乗り切った。いつもながらすごい数のお客さんだ」

「ふふ、お疲れ様でした、リクさん」

「お疲れ様、モニカさん」


 あんな忙しかったのに、全然疲れてる様子を見せないな、モニカさん、さすがだ。


「皆、お疲れさん」

「はい、お疲れ様」


 マックスさんもマリーさんも一息ついたのか、こちらへとやってくる。

 やっぱ二人とも疲れてないな。


「じゃあ、俺はお茶を入れてきますね」

「ええ、お願いね」


 マリーさんにそう言い、俺は厨房へと向かう。


「んじゃ、皆休憩するか」

「うん」


 マックスさん、マリーさん、モニカさんは一つのテーブルにつき座って休憩を取る。

 俺は厨房で湯を沸かし、お茶の準備を始めるとするか。


「最近、リクさんのお茶が楽しみで」

「ええ、何でかしら、私たちのお茶よりおいしいのよね」

「そうだな、料理は負けないが、これに関してはリクに勝てねぇな」


 三人がそう言っているが、俺は特別な事はしちゃいない。

 たまたま、前の世界で同級生からお茶のおいしい淹れ方を聞いていただけだ。

 聞きかじっただけの知識なので、基本が出来てるか怪しいくらいのもんだけど、まぁ、大雑把にお湯を沸かして茶葉を入れるだけってのよりはマシな程度だろう。

 よし、出来た。


「はい、お茶が入りましたよー」


 そう声をかけつつ、三人のいるテーブルへと持っていく。

 三人とも少しだけ嬉しそうな顔をしてこちらを見ている。

 まったく、大したもんじゃないのに、そんなに期待して。

 まんざらでもないけどね。


「ああ、リクの淹れてくれたお茶を飲むと落ち着くわ」

「リクさん、ありがとう」

「いえいえ」

「そういやリク、お前この店に来てそろそろ1か月だったよな?」

「えーと」


 このお店に来た日から数えて……。


「そうですね、今日でちょうど1か月です」

「そうか、じゃあしっかり働いてくれた分の給料を渡さんとな」

「そうね、ちょっと待ってて」


 マリーさんが立ち上がり店の裏、ここにいる人たちの住居の方へと向かっていく。

 あ、そうそう、俺はこの店の2階にある空き部屋で寝泊まりしてる、住み込みってやつだ。

 元々はそっちに夫婦で住んでたそうだが、モニカさんが産まれて大きくなって、店の裏手に家を建てて移り住んだそうだ。

 だから2階は空いてて何とかそこに転がり込むことが出来た。

 食事に関しては、さすが飲食店だけあって賄いとして店で出してくれるから困っていない。

 見ず知らずの怪しい俺を雇ってくれたここの人達に感謝だ。


「給料かぁ」

「しっかり働いてくれたからな、助かってる分、ちゃんと払わないとな」

「ありがとうございます」


 働いたらその対価として給料を貰う。

 当たり前の事なんだけど、やっぱり嬉しくなるよね。


「それとだ、その給料で今から街に出て色々買ってこい」

「あー、そうですね、何もない状態ですもんね、俺」


 たははーと笑うが、実際笑い事ではないかもしれない。

 服に関してはマックスさんに借りて(サイズは大きめだが)なんとかなってるけど、使ってる部屋に自分の物というのが全くない。

 住むための物も生活するための物も、全て借りてる状態のままはちょっとなぁ。


「この街の事はあんまり知らないんだろ?」

「はい、1か月前にこの街に来て、すぐここで働き始めましたから」

「初めてここに来た時、何も持ってないなんて、こっちが驚いたわ」

「まぁ、実際途方に暮れてたからねー、はは」

「あの状態じゃあ必死に働かせて欲しいと言ってくるのも仕方ないよね、ふふ」


 笑い話にしてるが、本当に生きるか死ぬかのような状態だったからなー、あの時。

 そんな話をしてると、店裏からマリーさんが帰ってくる。


「はい、これが給料ね。1か月ありがとう、これからもよろしくね」

「はい!ありがとうございます!こちらこそよろしくお願いします!」


 硬貨の入った小さい麻袋を受け取りながら、勢いよくお辞儀をする。


「よし、じゃあモニカ」

「なぁに、父さん?」

「お前、街を案内してやれ」

「そっか、誰か案内した方がいいよね、わかったわ」

「いいの?モニカさん」

「うん、いいよ」


 そう言って笑いながら頷くモニカさん、やっぱ良い子だ。


「休憩もした事だし、昼を食べるか」

「はーい」


 マックスさんが厨房へと立つと、それぞれが昼食のために動き出す。

 昼食を食べたら買い物かぁ。

 モニカさんに案内されて買い物。

 デ、デートだなんて考えてないぞ?うん。

 モニカさんは可愛いけど、さすがになぁ……

 ………うん、変に舞い上がらないように気を付けよう!



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