第3話 特別な場所には長く居られません



 返せない本の事はもう忘れてしまおう。

 魔法があるなら、使えたら面白いかもな。


「俺にも魔法が使えるか?」

「うーん、どうだろう。誰にでも魔法が使えるわけじゃないから、実際に行ってみないとわかんないかな」

「そうか……使えるといいな。行ってみて使えないならその時はその時か」

「珍しいね」

「ん?何が?」

「他の世界の神に聞いたけど、異世界に行く人って神に会うとすごい魔法を使えるようにとか、自分が楽して過ごせるようにねだってくるって言ってたから」

「あー、よくあるチートってやつか。まぁ欲しくないわけじゃないけど、最初っからそんなの持っててもどうすればいいかわからないからなぁ」

「そっか」


 特別な能力って欲しいけど、絶対面倒事にも巻き込まれるってのがお約束らしいから。

 楽して過ごしたいとは思うけど、面倒事に巻き込まれるならもうそれは楽して過ごせる状況じゃないし。


「しばらく見ていたいけど……。あなたを移動させた後、私はお休みするから、どんな事になるのか見れないのかぁ」

「休む?」

「うん、私のとこじゃない世界で人間になるだけでも結構力を使うんだけど、その上干渉してまで人を転移させたからね、しばらく動けなくなるよ。死ぬわけじゃないからしばらくすれば復活するけどね」

「色々あるんだな。死ぬよかましか」


 神様は何もかも無条件で出来るってわけじゃないんだな。

 神の事情はよく知らないし、何をするのにどれだけ力がいるのかわからない。


「まあね。はぁ……またしばらくつまらないここで時間が過ぎるのを待つだけか……」

「そんなにつまらないのか?」

「うん。だって神ですらどのくらい時間が経ったのかわからないくらい存在してるし、これからも存在する。だけど変わることのない世界だから、何も楽しみがないの」

「そうか……」

「唯一の楽しみは、自分の世界が変わっていくところを見る事と、別の世界に遊びに行く事くらいかなぁ。危ない時もあるけど、ふふ」


 笑いながら言うことでもないだろ、死にかけておいて。


「自分の世界で遊んだりしないのか?」

「神として干渉はできるけど、しないかなぁ。神の力を使えば世界に対して何でもできるけど、使った後は休むことになるから、どうなったか見る事も出来ないし……」

「便利なような不便なような……よくわからんなぁ」

「まぁ、何か干渉するとしても、種族滅亡の危機とか、世界そのものの危機とか、それに対処するときくらいだね」

「そういう事に対処できるだけでも、神様ってのはありがたいもの、なのかな」


 さすが神様だね、ちっぽけな人間一人じゃ到底出来るはずがない事を言うね。

 復活した後に世界を見る、か……。

 どれくらいの間休むのかはわからないけど、そうだな。


「俺が移動し終わったら休むんだったよな?」

「うん、そうだよ」

「どのくらいで復活するのかはわからないけど、その時世界を見れば少しは変わってて、復活した時の楽しみに出来るんじゃないか?」

「そうそう変わらないと思うけどなぁ。でもそれを楽しみにするのも悪くはないのかな?あまり期待はできないけど……」

「じゃあ、俺一人で何ができるかはわからないけど、出来るだけ色々変えるようにするよ」

「え?……ほんと?」

「まぁ、そっちの世界の事はまだ何にもわからないけど、出来る限りの事はする」

「へー、じゃあ復活したとき真っ先にあなたを見てみるね」


 満面の笑みだな。

 それだけ娯楽、というか楽しい事に飢えてるのかもな。


「まぁ、実際俺一人だけの力で出来る事なんてたかが知れてるし、必ずすごい変化をさせるとは約束できないけどな」


 苦笑しながら言ってしまった。

 前の世界ではただ生きているだけで、何かをしようとはしなかった俺。

 でも、新しい世界で新しい人生を歩めるんだ、精一杯何かを目指して生きてみるのも悪くないんじゃないかな。

 まぁ、実際に出来るかどうかは……わかんないけどな!


「わかった、期待して待っておくね!」

「おう、待ってろ!」


 軽々しく約束しちまったなぁ。

 でもまぁ、かわいい神様のためだ、頑張ってみるか!

 あ、小さい子が好きとかそういう趣味じゃないからね?何かこれは言っておかないといけない気がした。


「そうだ、あなたの名前は?」


 そういや名前を言ってなかったな。こんだけ話してて何してんだか……。


「俺の名前は紺野 陸(こんの りく)、神様の方は?」

「私はユノ、リク。頑張ってね!」

「そうか、ユノだな。出来るだけ頑張ってみるよ」


 何かもうすごい期待されてるな、まぁやるだけやってみるか。


「それじゃ、そろそろお別れだね」

「そうか、あんまり長い間いても駄目なんだっけか」

「うん、もう少しで限界。もう少し話したかったけど……これ以上はリクには危ないから……」

「……そうか」

「リクと話せて良かった。人と話すって楽しいんだね」

「俺も、ユノと話せて良かった。おかげで死ぬこともなかったしな」


 あ、すごい今更だけど、相手は神様なんだよな。


「俺、敬語とか使わずに普通に喋ってたけど……」

「そんなの気にしないよ。友達っていうのに憧れてたから、このままでいい!」

「そっか……。じゃあユノ、俺はお前の友達だ!」

「うん!」


 独りぼっちで寂しかったのかな。

 他の神様とは言ってたけど、こんな風に話すようなものじゃないのか。

 短い時間だったけど、少しでも寂しさが紛れてたらいいな。


「…………じゃあね、リク」


 泣きそうな顔をしてこちらに掌を向けるユノ。

 そんな顔すんなよ、こっちも寂しくなっちまう。


「……」


 ユノの掌から光が溢れる。

 その光が俺の全身を包み込んでいくと、少しずつ意識が薄れていく。


「バイバイ」


 薄れゆく意識の途中、目に涙を溜めて、けど無理やり笑って別れを告げるユノが見える。

 そんな顔されちゃ、こっちもな……。

 意識の最後に、ユノに向かって手を伸ばす。

 溢れる光に抵抗するように。


「……?……は?」


 ユノが何かを言ったような気がするが、俺にはもう聞こえず、光に包まれ俺は新しい世界へと移動した。



「行った……の?気のせいだったのかな……」


 陸の行動により転移が中断されるかもしれないと考えてユノが呟いたが、転移は無事終わったようだ。

 そして陸を見送ったユノが一人所在がなげに佇む、神の御所。


 「……友達、かぁ……。リク、ありがとう。」


 ここは神の御所、神しか存在せず、他の存在が居ないことはわかっている。

 だがユノは周りを見渡し、誰にも見られていない事を確認し、そっと涙をこぼす。


 「あなたには言わなかったけど、他にはない力をあげたの。だから、頑張って、楽しい世界を見せてね!」


 涙を流しながら、陸が消えた場所へ向かって微笑む。


「また一人……しばらくは休む事になるけど、復活した時にはもう…」


 少しだけ俯きながら、寂しさから言葉が漏れる。

 ……その時。


「……え?あれ?これって……リク?さっきの?」


 リクを包んで消えた光の場所から溢れた暖かい光がユノを包む。


「リク…………あなたはどれだけ私を楽しませるの?」


 寂しさからではなく、喜びから再び涙を零したユノの全身を光が包み込み、一際眩い光を放って消えていく。


 …………あとには誰もいない神の御所がただそこにあるだけだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る