黄海陽子2

 空から降りてきたキラキラから、厳かな声が響いてくる。脳内に直接響くような声だった。


「私はアリシア。ヨーコを守る者」

「僕はヴィクター。ヨー」

「きえええええい!」


 陽子は箒を振り下ろした。ヴィクターと自称したキラキラが何かを言っている途中ではあったが、強烈な縦方向の一撃を加え、地面に墜落させる。ぐしゃりと鈍い音が響いた。続けざま地面に向けて踵落としを放とうとすると、再び声が聴こえた。


「待って、ヨーコ。私達は」


 皆まで言わせず、今度は箒を横に払う。喋りかけたキラキラに向かって遠心力を加えた無慈悲な一閃。アリシアは軟球のように跳ね飛ばされ、家の外壁に激突。同じようにぐしゃりといった。


「ぐ。アリシア、だ、大丈夫かい。ぐふ」

「あぐ。だ、大丈夫よヴィクター。多分あの子、私達のことを敵国の兵器だと思ってるわ。修復まであと5秒」

「ああ、とんだバーサーカーさ。彼女が今、パンツ丸出しで片足を上げているのは、僕に追い打ちをかけようとしてるんだね」


 アリシアとヴィクターと名乗る謎の物体が、会話をしている。その内容を聞いていた陽子がスカートを直し、壁に張り付いているアリシアを捕まえた。熱くもなく、冷たくもない。ただ握ってもどういう形をしているものなのかは見当がつかなかった。


「あんたたち、敵よね。敵っぽい名前だけど、敵なのかしら。敵よね」

「違います。ヨーコ、敵意を抑えて、少し話を聞いてください、ヨーコ」

「だからヨーコ、まずはアリシアを離して、落ち着いて話をしないか、ヨーコ」

「馴れ馴れしいわね」


 正体不明の存在に気安く名前を呼ばれるのは、単純に気味が悪い。


「じゃあコノミ。私達は敵じゃないわ、コノミ。中学校にも入ったんだから落ち着いて、コノミ」

「そうさコノミ。まずはその物騒な棒を下ろそう、コノミ。君の攻撃は、私達に的確でいやなダメージを与えるんだ、コノミ」

「……陽子でいいわ」


 不承不承という表情をあらわにしたまま、陽子はヴィクターを拾い上げた。やはり丸くもなく、四角くもない。


「で、なんなの、あんたたちは」

「天使です」

「ということは敵ね」


 ヴィクターを持ち上げて振りかぶった。遠投する気だ。


「ヨーコ、私達は、あなたの国が敵対している国の宗教に関係ありません」

「ヨーコ、あなたは選ばれたのです」

「勝手に選ばれても困るんだけど」


 気を削がれた陽子は、ヴィクターをそっと手放した。敵ではないという言葉が偽りとは思えない。もし害意があるとしたら、おそらくアリシアとヴィクターは声をかけず、ただ見つめているだけのはずだ。

 また、ふてくされたように「困るんですけど」と口に出してはいるが、その実「選ばれた」という言葉に心を揺り動かされていることは、膨らんだ鼻の穴を見るまでもなく明らかだった。中学1年生の陽子はまだ夢想しがちな子供なのだ。半年前は小学生。魔法少女になる方法を友達と真面目に語り合ったこともある。


 家の中から、陽子を呼ぶ母の声が聴こえる。2つのキラキラが言っていることも気になるが、母の命令の重要度はそれよりも遥かに上だ。


「あんたたちのことは黙っとく。誰にも言わない方が良い気もするし」

「大丈夫です。どうせ他の人間には見えないし、私達の声は聴こえない」


 家に戻りかけた陽子は、真面目な顔で振り返った。


「ところで、あのたくあんはどうなるの」


 尋ねた相手はすでにそこにいない。陽子の頭に2つのキラキラが吸い込まれた。

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