朱雀雪代1
ずいぶんいやらしい顔つきと、しこたまいやらしい体をしていると評判の
男女共学ではなく、女子校でそういう噂が立つのだから、どれほどいやらしいかは想像がつくかもしれない。
いやらしい顔つきと評されるが、どちらかといえば濃い化粧の似合わない、かわいらしい顔立ちである。短く揃えた頭髪も、ほのかに朱色がかっていることさえ除けば、ごく自然なものである。
その髪の色は本来、校則に合わせて黒くしなければならないのだが、男性教師も女性教師もこぞって指導に失敗していた。
なぜならば、朱雀雪代がとてもいやらしいからである。
髪を黒くしてきなさいの指示に、雪代は優等生らしく素直に応じる。だが美容室に行くほどのゆとりはない。そもそもこの戦時中、美容室は極端にその数を減らしている。
「明日、白髪染めを持ってきます。ご注意くださった先生に染めていただきたいのですが」
「う、うむ、では放課後に」
指定された人気のいない教室で教師を待っているとする。入ってきた教師たちは男も女も、付いているか付いていないかの違いだけで、もれなくオスとメスになるのである。具体的な描写は避けるが、社会的常識と羞恥心と衣服を取っ払った性欲の獣と二人きりの場合、どういう行動に出るかは想像に難くない。
しかし今のところ、雪代は無事であった。直前に獣が意識を取り戻すのではなく、打撃もしくは絞め技で意識を失わせるのである。武道の心得はない。華奢な外見からは想像ができない、驚異的な力を雪代は備えていたのだ。すでに彼女の中にいる天使がその原因である。
1年前、雪代の前に降りてきた天使は、力士以上の力とそれに耐えうる体の頑丈さ、そしていやらしさを与えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そもそもの発端は学校からの帰宅途中だった。空襲が終わったことを確認し家路を急いでいると、どこかから、頭の中に直接響くような声が聴こえたのだ。
「ヒトよ、天使を助けるチャンスだよ」
そんな声が聴こえた気がして、雪代は周囲を見渡した。誰もいない。
「そこのバーミリオン髪のヒト、もしかして僕の声が聴こえるのかい?」
この時、雪代の髪から朱、黄、緑、水、紺、紫、赤の虹がうっすらと伸びていたが、本人には見えていない。バーミリオンって朱色のことだっけ、と考えながら雪代は返事をした。
「誰かいるの?」
「ここだよ、バーミリオン。僕を助けてみたらどうだろうか」
どうにも怪しげなキラキラが足元に転がってくる。
「白か。エロいね。天使の僕を助けたくないかい?」
雪代はキラキラを思い切り踏みつけた。
「あっ。いいっ。とてもいい。バーミリオンに踏まれるのはとてもいいよ。踏まれてちょっと元気でた。取り憑くね」
何も言わず雪代は来た道を引き返した。生粋の変態的ななにかだ。こんなものに関わってはいけないと本能が告げていた。
「待ちなよ。お礼に望みを叶えてあげるからさ。けど動けるようになったから止まらなくていいや」
全力で走った。だが後ろから猛追したキラキラは雪代の背中に激突し、消滅した。頭の中で声が響く。
「そうか、バーミリオンは朱雀雪代っていう個体なんだね。願いは……」
心を読まれるというのはこういうことか。何か意味不明の存在が自分の中に入っていることにも恐怖を感じるが、そもそも人間に興味を持っていないものが自分の中に存在していることに、限りない嫌悪感を覚えた。
「ユキヨは特定のオスと頻繁に交尾をしたいんだね」
「ああああああ、あああああっ!」
脳内で聴こえる声を遮るように大きい声で喚いてみたが効果はない。
「じゃあそうなるようにしてあげるよ。けど道すがらのオス全頭に突っ込まれるのも嫌だろうから、ヒトを軽くひねれる位のパワーは上げる」
「ぎゃああああああ!」
「バカみたいに力が強くていやらしいから『バカいやらしい』ヒトに、君はなるんだ。おめでとう」
本当にそうなるのだろうということが感覚で掴み取れた雪代は、道路に仰向けに寝転がって手足をバタバタさせていた。全力拒否の姿勢だ。
「言い忘れた。僕はオーエン。ヒトより高位の存在。天使とも呼ばれている」
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