第30話 イラストコンテスト

 あれから徹夜で描き上げた絵を持って、ゾンビみたいな顔してUFOに向かった。昨日降った雪は全部溶けちゃってて地面も乾いていたからオレンジ号でぶっ飛ばしてきたんだ。商店街の人たちにはちゃんと挨拶できなかったけど、大きな声で一発、おはよーございまーす! って言えたからたぶんセーフ。

 UFOはまだ開店前。ドアをぶち壊す勢いで開けた。

「店長、おはようございます!」

「おはよう。……え、なに。目の下のクマえげつないんだけど。そういうメイク? え、流行ってんの?」

「あ、普通にクマっす。寝てない感じす」

「寝ろっつっただろうが!」

「寝た! 寝たんすけど! これ描いてたら朝で! だから早く感想聞かせて! ……ください」

 がばっと顔面を覆う感じでリングノートを突き出した。

 店長が言ってたとおり、思うように描いた絵だった。現実に忠実でもないし、盛りすぎでもない。私の頭の中にある、みんなのとこを描くことができた。絵の中にいるのは私と店長とはなさん、おばあちゃんとおじいちゃん、それと獣くさいネル・ミラクル。みんなで楽しくお花見をしてる、昨夜の夢の中の出来事を素直に描くことができた。

「どうっすか……どうですか」

 カウンターの上にノート広げて店長は眺めてた。私の目を見る。やっぱりちょっと意見されるのが怖い。見透かされたような視線、それだけでなんか意味もなく落ち込んでくる。

「率直にいって、ちょっとぶっ飛びすぎじゃね。お前が思うようにやれて満足なのはわかるけど」

「はい」

「つーか、このでっかい獣はなんなんだよ」

「ネル・ミラクルさんです」

「……い、いやぁーどうだろー? ネル・ミラクルってあれだろ? あのレコードで喋ってたやつだろ。こいつこれ、絶対に言葉喋らんねぇ風体してんじゃねぇかよ。獣感強すぎ」

 ぐッ、痛いとこ突いてくんなぁもう。たしかにネル・ミラクルに関してはマジで夢からの引用100%にしちゃったからファンシーでメルヘンな私の脳内補正が入ってるのは間違いない、間違いないんだけどさ!

「店長だってネル・ミラクルの風貌知らないっすよね!? こんなかもしれないじゃないっすか! もふもふってしてるかも!」

「ねぇよ。おかしい、絶対おかしい。こいつ、きゅるきゅるーつって鳴きそうだし」

「くぅぅ! 私もそう思うッ! 鳴き声めっちゃかわいいと思う!」

「そこは認めんのかよ」

 だってさぁネル・ミラクルとかわかんないじゃんか。夢に出てきた巨大なモモンガみたいなこいつがダメってなると、いちから想像するしかないけど、お花見の絵にタコみたいなにょろにょろ足で宇宙人丸出しのやつを描くわけにもいかないでしょ。そんなの違和感しかないよ。

「だいたいこれ、コンテストの主題から外れてんだろ。なんで花見してんだよ」

「は?」

 コンテスト……? なんだっけ。私そんなこといったっけ。え? なんのコンテスト? モヒカン杯みたいなの? 賞金いくらなんだろ。

「……お前これ、コンテスト用の絵を描いてたんじゃねぇのか。俺とかお好み焼き屋の絵も描いてっからてっきり」

「えっと、そのコンテストって――」

 店長がレジ下を指差す。

『星見ヶ丘商店街イラストコンテスト』のチラシが貼ってあった。これのことか。

 自分の絵に精一杯でコンテストのこととか頭の片隅にもなかった。でも最初にこのチラシを見たときから参加しようとは思ってたんだよね。せっかくここの商店街でバイトしてるんだしさ。

「出さねぇの?」

「だ、出すッ! 出しますけど! この絵じゃやっぱダメっすよね」

「まぁダメだろ。ネル・ミラクルとかいう獣はマジで商店街となんら関係ねぇし」

「じゃあじゃあ、ネル・ミラクルは削って……あぁでもそうなると、おばあちゃんとおじいちゃんも部外者だから描けなくなっちゃうすよね。三人で花見じゃちょっと寂しいかも」

「いや、ばあちゃんとじいちゃんはいいんだよそのままで」

「え、でも、商店街の人じゃないですし。UFOのお客さんではあるかもですけど」

 店長がカウンター内の椅子に座ったので、私は正面に座った。コーヒーを淹れてくれた。なんでかわかんないけどめちゃくちゃ牛乳をたっぷり注がれて酷くぬるい。

「向かいのお好み焼き屋あんだろ。あの建物のオーナーって、このまえ出張買取に行ったばあちゃんなんだよ。今でこそお好み焼き屋だけど、すげぇ昔に亡くなったじいちゃんと二人で定食屋やってたんだよな。俺も小さい頃に行ったことあるし」

「そうだったんすか」

「うん。そうじゃなきゃ、あんな遠方の人がわざわざうちみたいな弱小レコ屋に買取なんて頼んだりしねぇっつーの」

 ふーん。そういうことだったんだ。え、どういうこと? はなさんはたしか、あれだ。星見ヶ丘公園でお散歩してたオーナー夫婦に保護されたっていってたはず。それがおばあちゃんと生前のおじいちゃんってことなのかな? たぶんそうだよね。どんな偶然だよ、すげぇな。

「でもまぁ、コンテストのことは別にして、せっかく描いたんだしお好み焼き屋にも見せてみたらいいんじゃね」

「そうっすね。ちょっと今から行って――」

 席を立とうとしたら首根っこを掴まれた。

「まず働け。やることは死ぬほどあんぞ」

「もちろんです任せてください。あなただけの奴隷、三輪環! 今日も頑張ります!」

「誤解されるような言い方すんじゃねぇよ!」


          *


 この日は地獄のワンオペだった。店長はバックルームに引っ込んでずーっとレコードの査定をしてて、私はひとり店頭でお会計と喫茶業務をこなしていた。さすがにお昼時は混み合うから助っ人に来てくれたけど、それもほんの数十分くらいで基本的には全部私がやりくりするハードスタイル。目の回るような感じだったけど、病み上がりのたるんだ体が目覚めていくようで、夕方をすぎたころにはすっかり変なテンションになってしまっていた。

「おつかれ。おかげでだいぶ査定はかどったわ」

「ありがとうございまーす!」

「え、こわ、声でか。頭壊れてんじゃねぇの」

「……」

「無視かよ。まぁいいけど、いい感じに片付けたら今日はもう上がってくれ」

「ふん。用済みになったら帰れってか。そうやって今までも数多のオンナを使い捨ててきたんすね。ひでぇ男っすよマジで」

「……」

「無視かよッ!?」

 今日はどのくらい退勤時間を水増ししてやろうか。そんなことを思いながら私は洗い物をを片付けた。星見ヶ丘商店街イラストコンテストの締め切りは三日後の十二月二十四日。時間はほとんど残されていなかった。

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