第18話 宇宙まるごと食ってやる
どこで作業しよう! なんて考えながら結局、UFOまで戻って来た。おでんについてはどう言い訳しよう。売り切れてましたぁとかって嘘つくのもなんだし。
「ただいま戻りました。ちょっと作業するんで話しかけないでくださいね」
おでんのくだりをなかったことにした。
「え、いいけど。おでんは? え?」
「……」
「無視かよ!?」
「へへ」
完全に無視をキメるのは意外と難しいんだね。いつも平然と無視をキメる店長もそれはそれですごいんだな。
そのあとも店長の、はらへったはらへったコールがわりとウザかったので舌打ちしてみたら静かになった。さすがにちょっと申し訳ないし、一時間だけ作業に集中して、あとでおでんを買ってきてあげよう。いまはたぶん集中するときだ。
のれん 製作 星見ヶ丘商店街、でWeb検索する。いくつかヒットしたけど納期最短、奇跡の即日出荷とかいうお店を見つけたのでそこでお願いすることにして、ついでにサンプルデザインなんかを参考にするために調べた。いっそのこと、いちから全部手作りしてみたい欲求もなくはなかったけど、時間もないし私の欲求なんかよりオープンに間に合わせることの方が優先だ。ついでにモヒカンもかかってるし。
のれんの生地とか色は改めてはなさんと相談するとして、いま私のできることは、のれんにどんな字体でどういう配置で描くかってことだ。
のれんの形状は、左・真ん中・右の三つに割れてるオーソドックスなものでいく。
でも、お好み焼きはなまるって文字をそこに描くにしたって、ぱっと思いつくだけでもめちゃくちゃたくさんのパターンが思いつく。お好み焼きとはなまるをそれぞれ横書きにして二列に分けるのか、生地の端から端まで使うのか、お好み焼きだけ独立させて右の生地にはなまるを縦書きで配置するのか、はなまるだけでっかく描くのか……色々だ。文字の大きさだって、デンデンデン! って感じの江戸文字だと大衆的な印象だし、逆にあえて小さい楷書体だとなんか老舗っぽいし。文字の形と並び方だけで受ける印象だって変わってくると思う。まぁ、私が思うってだけで、正直いって広告デザインのノウハウなんて微塵もわからないからとにかく描きまくって、はなさんに見てもらいまくるしかなかった。
「なんか頑張って描いてんな。お前、そんなに俺のモヒカンのことを……」
「なに感極まってんすか。ってか、これどうっすか、店長ならどれがいいですか?」
描いたもの全てをカウンターに広げてみた。それぞれ文字組のパターンと、字体の雰囲気を変えてあるけど、いざ並べてみると似たり寄ったりな気がしないでもない。言い訳させてもらうと、何度も描いてるうちに、お好み焼きとは――みたいな思考の渦に飲み込まれたんだ。お好み焼きがわからん! ってなった。つまりかなり迷走してたものがいま目の前に並んでいて、わりと気分が落ちてる。
「んー。これじゃね? 普通にわかりやすい」
「あぁ」
お好み焼きの文字は縦書きにして左の生地に、はなまるは筆で描いたみたいな大きな文字で端から端まで使って横書きで並べたやつだった。
普通にわかりやすいってどう捉えたらいいんだろう。なんか釈然としない。普通っていうのが気にいらないし、そもそも普通がわからない。
「お前、絵が描けるんだからイラスト添えたらいいのに」
「それはそうかもなんですけど、趣味とか好みがわかんないですし……。はなさんってわりとエキセントリックなとこありますし」
それにイラストっていってもお好み焼きの絵でしょ? 似たり寄ったりになりそうだし、なくてもいい気がする。ちょっとしつこいかも。
「あった方がいいんすかねー。イラストなぁ。んー」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでやりたい放題やれっつーの。お前がモヒカンにされるわけじゃねぇんだから」
「そうりゃそうっすけど、私が下手こいたら店長がスキンヘッドに……」
想像したら笑えた。
「半笑いで言ってんじゃねぇよ!」
「へへ。ちょっとはなさんと相談してくるっすね。今度はちゃんとおでんも買ってくるっすから、起きててくださいね!」
描き上げた分を持ってはなさんの店に突撃した。引き戸を乱暴に開ける。殴り込みだ。
店内は出来たてのお店の匂いで充満していた。工具が置きっぱなしだったけど、床はワックスがけがされたあとみたいだし内装のほとんどが完成してるように思える。
おじさんたちは帰っちゃったみたいで、はなさんがひとり厨房の中で食器なんかを並べてた。やっぱこの人の後ろ姿っていいなぁ働く女って感じでかっこいい、あとお尻もいい。私が入って来たことに気づいてないみたいで、黙ってカウンター席に座った。目の前にある大きな鉄板は熱を持ってるみたいだ。顔が火照ってしかたない。
「はなさん、お話があるんすけどいいすか」
「あ、なにー? 環ちゃんいたのー。ちょっと待ってね」
こっちを振り返らないでお尻をふりふりして応えてくれた。おちゃめ。
「で、いいの思いついた?」
「えっと、はい。あの、のれんを置こうと思ってて。どうっすかね。何枚か描いてみたんすけど」
「のれん! いいわね、それ! 見せて見せて」
リングノートから外したページをカウンターに並べて置いた。
はなさんは鉄板の上に身を乗り出してそれを見てる。熱くないのかな。汗かいてるけど。
「んー」
わかりやすくパッとしない声色だった。
「どうっすかね」
「あたしとしてはどれもないかな。全部ボツだね」
全ボツ……ぐっときてしまった。なんだか急に眠気がきて、気が遠くなって、イスごと後ろにぶっ倒れそうだ。
「のれんっていうのはすごくいいんだけどね。でも、これじゃあ普通にありふれてるっていうか。既製品っぽいでしょ」
既製品っぽい。そうか、そういう風に思われちゃうわけか。
「環ちゃんはさ、これ描いてるときに、あたしのこととか作った焼きそばとか、宇宙焼きとか想像してくれた?」
「あ、いや……」
はなさんがどう思うかってことは考えてたけど、作った料理のことやはなさん自身のことまでは想像してなかった。そんなだから、ぼんやりしたイメージがそのまま文字に乗っかっちゃった? きっとそう。それを見透かされた。対象がぼやけたまま、私が勝手にこれでいいんじゃないかなって、ぼんやり思っただけのやつ。なんでこういうふうに描いたの? って、訊かれても答えることのできないやつ。恥ずべきことだと思った。今すぐ全部破り捨てたい。
「へへ。ちょっと意地悪だったかな。ま、インスピレーション高めるためにも、宇宙焼き食べていってよ。環ちゃんがお客さん第一号」
「え、そんな、私なんかでいいんすか」
「なんかっていわないの」
そういってからはなさんは流しで手を洗い始める。
「そんな泣きそうな顔してないで、もっとどっしりしてなさいよ。お客さんなんだから」
泣きそうな顔なんて自分じゃ気づかなかった。
そうだ。切り替えろ。どうせ食べるなら遠慮なくいただこう。きっといま、この世界で宇宙焼きを欲してる人類ナンバーワンは私に決まってる。食べたらもっと明確にはなさんのお店のイメージが固まるに違いない。だったら食うしかない。卑下しても始まらない。食うったら食う! めっちゃ真夜中だけど!
「私が宇宙まるごと食ってやるから!」
「また大きく出たわね。いいわ、よだれ垂らして待ってなさい」
はなさんがウインクした。それから鉄板の上に油を引いて、調理が始まった。
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