第17話 看板は却下

 このダイナマイトが熱くなったりざわざわしたりするのは、店長から発せられる宇宙人オーラみたいなものが反応してるんだ、ってなんとなく決めつけていたけど、はなさんにも反応してるっぽいんだよね。初めて会った星見ヶ丘公園でもだし、今こうしてふたりでぐしゃぐしゃの看板を見上げていても最中もずっと熱くて、ざわついてる。いったいどういう基準なんだろう。このざわざわが爆発の関係するのかわからないし。わからないけど、私の心境とは裏腹に不気味な熱を放つからいちいち気になってほんと疲れる。

「ああぁーん」

 はなさんが横で呻いた。……え、喘いだのが正しい?

「環ちゃんさー、首こらなのー? あたし無理。頭に血ぃのぼって変になりそう」

「あぁー」

 自分の首を触ってみた。たしかにそうかも。普段から俯き気味で絵を描いてるからか、気管が圧迫されて呼吸が変。

「言われてみればそうかもですね」

 他にも違和感があった。

 そもそも看板ってこんなに見上げるもんだっけ。

 店舗入り口のあたる引き戸の、すこし上くらいの位置だよ。高さ自体はそんなでもないと思うんだけど、やっぱりなんかちょっと不自然だ。看板の角度がおかしい? サイズが大きい? なんだろう。わかんない。

 なんにしても、ここの看板を私が作るのなら、寸法とか素材なんかを色々と訊いておかないといけないような気もした。ってか、塗料からして何ひとつわかんないんだから教えてもらわないとだ。

「はなさ――」

 いや、はなさんに訊いてもダメだろう。失礼だけど、そういう細いことには無頓着そうだし。だったらあの人たちに訊くしかない。そう思って、その風体に似つかわしくないキュートなマグカップ片手に、タバコを喫いながら雑談をしている赤いペンキにまみれたおじさんたちに質問しにいった。ガニ股で接近する。何事も喧嘩腰でいくのが私の流儀だ!


「あの!」

 おじさんたが一斉に振り向く。視線が私へ集中してビビって内股になってしまった。

「これ、この看板、やり直すことにしたんですけど、位置とかってもうちょっと下げてもらうことできますか? ちょっと真上感すごくて」

 ニッカポッカにやたらがちゃがちゃしたツールベルトを巻いたおじさんが、困ったみたいなまゆげをさらに八の字に曲げてぶっきらぼうな視線を飛ばしてきた。

「微調整しても無駄やな」

「は?」

 やってもみないで否定されると、カチンとくる。相手は現場作業のプロだけど理由がないと私だって納得もできない。さぁ私を納得させてみろ親方っぽいおじさん!

「ホワーイ?」

「え、姉ちゃん外国の人なんかいな」

「あ、国産です」

 親方っぽいおじさんは、ニヤリと笑った。どういう意味の笑顔なのかちょっとわからない。

「まぁあれや、ここは路地の幅が狭いんや。やから目ン玉から看板までの直線距離っちゅうやつが近いんやな。そやから見上げる形になってまう。数センチ低くしたからって、印象はなんも変わらへんわ」

「あぁー」

 納得させられた!

 たしかに近所のパン屋さんもお寿司屋さんもラーメン屋さんだって、こんな感じでどどーんってした看板を出してない。もっとさりげない置き看板とか、壁面に店名をペイントしたりメニューの書いてあるメッセージボードをぶら下げたりとかそんな感じだ。レコードショップUFOに至っては木製のドアの真ん中に小さく店名の焼印があるだけだし。それだって字が掠れちゃってるくらいだし。全体的にそっけない。

「俺ら施工業者は口出しできる立場やないけど、看板より赤ちょうちんの方がええわな」

 おじさんたちが全員頷いた。私もそう思ったので腕組みして大きく頷いた。変な一体感があった。

 ここの商店街は電車や幹線道路から見えるわけでもないし、アーケードからも奥まった路地にあるんだ。ネット経由以外だと、呼び込めるのはこの細い道を通る人たちだけなんだし、だったらその人たちの目線の高さにお好み焼き屋とわかる目印があった方がいいに決まってる。みんながみんなしてバカみたいに能天気に上を向いて歩いてるわけないんだしさ。

「ありがとうございます。参考にするっす。あの汚い看板はあとから撤去していただくことになると思うんですが、そのときはまたよろしくお願いします」

「おう。まかしとき!」

 ガハハ! と深夜の商店街におじさんたちの笑い声が響いた。つられて私も一緒に笑った。


          *


「そういうわけなんで、はなさん。あの規模の看板はやめておいた方がよさそうです」

 私の顔を覗き込むみたいにしてはなさんはニヤリと笑った。店長もはなさんもいつも距離感がおかしい。顔が近い。息がかかってる。私は息を止めてるけど!

「モヒカンが自信たっぷりに派遣したきただけのことはあるわね。根底から覆して自分のフィールドに持ち込もうっていうのね。でも、看板に変わるなにか……策があるのかしら。ないとかいったらあの人のモヒカン剃り上げるわよ」

「それは……」

 ないんだけど。っていうか、モヒカンとか正直べつにどうでもいいんだけど……。あぁ、でも店長って宇宙人かもだから、モヒカンも肉体の一部とかそういうこともありそう。さすがに店長がモヒカン断髪死しちゃうは問題がある。万が一にもそんなことになったら、この先の人生ずっとモヒカンを背負って生きていかなければならないよね。それはゴメンだ。心底ヤダ。

「ちょ、ちょーっとだけ考えさせてもらってもいいすか!」

「そうね。でも、あんまり時間はないからね。週末にはオープンしたいと思ってるの」

「オッケーす」

 もう日付も変わって木曜日なんだけど。週末って土曜からだよね? え、金曜の夜も週末ってことになってる? ちょっと一般社会の週末がわかなんない。アホみたいな顔して訊くのもなんだからあとでネット検索しよ。週末 いつから。

「じゃ、あたしはまだ内装なんかの続きがあるから」

 そういってはなさんはおじさんを引き連れて店の中へと戻っていった。


 私は、いっちょ前に腕組みしながらはなさんのお店を眺めてた。看板はこんなだけど外壁も補修されて綺麗になってる。でも真新しい感じはしないかな。建物自体が古民家っぽくて、いかにもおいしそうな老舗飲食店の雰囲気だ。まぁここの商店街のお店はどこもちょっと古ぼけてるんだけどさ。

 大きな窓が印象的で、そこからは店内が見える。中は意外と狭くてカウンター席がいくつかあるだけっぽいね。店の前を通った人は、厨房で汗を流して働くはなさんの姿に見惚れてしまうに違いなかった。そんな感じだから外壁にメニュー込みのパネルを設置するとか、窓にシートタイプのものを貼るとか無粋すぎるって思う。

「だったらやっぱ赤ちょうちんかなぁ。……飲み屋じゃねぇんだよ、ってね」

 体が冷えてきたこともあって私もお店に戻ることにした。

 UFOの木製のドアには『レコードショップ UFO』って焼印があってその下には営業時間があって……あれ、はなさんのお店ってどんなドアなんだっけ。振り返る。

 木製の格子に磨りガラスをはめ込んだ和風な引き戸だ。あれじゃなにも書けないね。プレートみたいな物をぶら下げるにしたって、引き戸だと開閉時に引っかかるだろうし。どうしたもんかな。なんてこと考えてるとスマホが震えた。店長からメッセージだった。

『環さん、まだ外ですよね。腹ぺこなのでコンビニおでんを買ってきてください』

 は? なんで私が行くんすか――と返信した。直接店ん中に入っていえばいいんだけど、なんとなく文章には文章で返事したかった。

『距離的に? 外にいらっしゃる環さんの方が近いと思いまして。食べたくないですか? 餅巾着と大根』

 クソ。超食いたい。寒いし。お腹も空いた。

 店長のおごりな――って返信した。


 あんまり寒いからオレンジ号でぶっ飛ばしていつものコンビニ向かったんだけど、そこでいいものを見つけた。

 お で んって書いてある、渋い紺色ののれん。

 これだよ、これ! はなさんのお店に必要なのはバカみたいにデカい看板じゃなくって、のれんだよ! かわいいやつ! あの引き戸にもぴったりじゃん! そうとなったら急いで帰ってのれんの作り方を調べないと。燃え上がる創作意欲をペダルにぶつけて、思いっきり踏み込んだ。おでんは買わなかった。

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