第11話 尾てい骨伝導スピーカー

 お尻が痛かった。振動がすごい。脳天まで突き抜けそうなその臨場感に4Dシアターっぽいさを感じたけど、あれってたぶんこんなに雑じゃないと思う。私の口はさっきからずっと、あああぁ~って声を意味もなく漏らしている。震わせながら。壊れた尾てい骨伝導スピーカーみたいだった。

「軽トラって、ま、マジで、ハンパないっすね、走ってる感、マウンテンバイクよかあるッ、かもッ!」

「お前さっきから軽トラ軽トラつってっけど、これ軽バンだからな! 一緒にすんじゃねぇよ!」

「軽バン、覚えた!」

 軽バンがなにかわからないんだけど、同じはたらく車ってことだけはわかった。だってどう考えてもこの車はドライブするのには向いてない。だってほら、この、ビイイイっていうエンジン音がデカすぎて落ち着いた会話だってままならないんだよ。ってか、これほんとに大丈夫なの。爆発とかしない? 断末魔みたいな音してんだけど。そこへきて、車内BGMは七十年代初期のハードロック。この時代特有の大げさなハイトーンボイスに乾いたドラム、それに被せるようにピロピロ鳴ってるキーボードがダサかっこいい。

 エンジン音でスピード感を演出して、BMGで気分の上がっていくのはいいけど、そのわりに速度はぜんぜん出てない。さっきから追い抜かれてばかりだ。さすが軽トラ。

「ってか、高速乗ってるすけど、どこ行くんすか!? 行き先の発表は義務では!?」

「お客さんの家だ!」

「え、はッ!? ドライブつってましたよね!? え、仕事っすか!」

「レコ屋のいうドライブってのは出張買取の隠語だ、覚えとけ!」

「それぜったい嘘っすよね!?」

 酷い。騙された。行き先は労働基準局に変更してもらうべきだった。出張買取ってことはまた肉体労働を強いられるやつじゃん! ほぼ引っ越し業者じゃん! 許さんぞモヒカン!


 道中、サービスエリアで休憩を挟んだ。気づけば私は、たこ棒とチーズ棒をそれぞれ両手に持って子供みたいにはしゃいでしまっている。どうしてこう、サービスエリアっていうのはテンションが上がってしまうのだろう……。店長はじゃがバター天とかいう、謎のチョイスだ。魚肉のすり身にじゃがバターを入れる発想がすごいし、それを真顔で頬張るモヒカンとの対比もなんかミスマッチで微笑ましかった。

 足を伸ばしたくってベンチに座って食べてた。軽トラの隙間風もたいがいだったけど、やっぱり外は冷える。

 顔がひんやりしてきて、振動で揺さぶれ脳しんとう気味だった頭が覚醒していく。目が冴えて、色合いがくっきりしていた。

 道路を挟んだすぐそばにある山にはうっすら雪が積もってて、ぴかぴかに晴れてる太陽光とぶつかって反射して眩しいくらいに輝いてる。ここには星見ヶ丘公園みたいな開けた景色はないけど、山に囲まれているとそれだけで不思議と和やかな気分になるのはなんでだろう。

「お客さんの家ってどのへんですか? まだまだ先?」

「あと一時間くらいかな。道に迷わなきゃだけど」

 そういやナビとかついてなかった。下道におりたらスマホでナビしてあげないとだ。

「ってかあれっすよね、私、積み込み要員すよね。朝の時点で体力消耗してんすけど。前もって言ってほしかったすよほんと」

「いや、積み込みっていってもせいぜい五箱くらいじゃねぇかな。概算で三百枚くらいみたいだから」

「えぇそうなんすか。そんなだったら宅配便で送ってもらったらよかったのに」

 わざわざ車を出して高速に乗って取りに伺う量でもないと思う。お客さんから買い取ってほしいレコードがお店に送られてくることは今までもあったし。

「事情があんだよ」

「あー常連さんとか?」

「そういうわけじゃねぇんだけど。依頼してくれたのがおばあちゃんでさ、荷造りさせるのはちょっとな。重いし、旦那さんの遺品ってことらしいし」

 そっか。そういう事情があるなら行かなきゃだね。私もそう思う。そう思うんだけど……。

「私も店長もこんなふざけた身なりっすけど大丈夫なんですかね」

 モヒカンとお団子なんだけど! 服だってカジュアルすぎじゃないかな! あんたそれ背中にドクロ背負ってんじゃん! 遺品なんでしょ? もっとほら、こう、きちんとした人じゃないとダメじゃない!?

「えッ…………あぁうん。帽子とジャンパー、売ってねぇかな……?」

「どうですかね……」

 なんも考えてなかったのかよ! ほんとに前もって言っておいてほしかったよ!


 結局、私たちはそのままの格好で行くことにした。お互いに身なりをちゃんとしたところで身に纏う雰囲気自体が浮ついている自覚があったから。っていう開き直りに近い選択をしちゃうあたりがもう、なんていうか社会性がないっていうか、非常識っていうか。

 高速のインターチェンジを下りてからは、わりと離れてたけど迷うことなくすんなりたどり着いた。家のすぐそばで停車すると、おばあちゃんが出迎えてくれる。思ってたよりもずっと若々しい人だ。

「UFOの方かしら。遠いとこをわざわざお越しくださってありがとうございます」

「あ、いえ、そんな! 全然、大丈夫っすから、すぐそこっす! 今日は一日よろしくお願いします!」

 車から降りて、私が挨拶した。あらかじめ店長と段取りを組んでいたんだ。店長は見た目がヤバいから、お客さんとのやりとりは私がするって。だからモヒカンは黙って荷造りなり査定なりをしててくださいってさ。

「あらあら、ご丁寧に。寒かったでしょ、さぁあがってちょうだい。お車はそこの軽トラの横に停めてくださいね」

 おばあちゃんが指差す方を見た。これが軽トラなんだ。荷台が剥き出しになってるんだね。

 家の前には道路を挟んで畑が広がってて、おばあちゃんがひとりで管理しているそうだ。でっかい白菜が植わってた。その横のは春菊かな。鍋が食べたくなってくる畑には所々雪が積もっている。

 旦那さんが亡くなってからはひとり暮らしをしてるそうだ。こんな田舎でひとり暮らしなんてしてて大丈夫かなって思った。雪だってもっと積もりそうだし。買い出しだって、近所にスーパーとかなさそう。

「そんな顔してくれるのね。でも、大丈夫よ」

 お子さんたちがわりと近所に住んでるらしくって様子を見に来てくれるらしかった。だったらすこし安心かも。まぁ大きなお世話か。私になにができるわけでもないし。

「こっちの部屋ね」

 そういって通された和室。ふすまを開けると、壁際にオーディオ機器が配置されていて、その正面には一脚の小さなスツールがちょこんと置かれている。ぐるっと見渡してみたけどレコードは見当たらない。私と店長は顔を見合わせた。

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