第12話 モヒカンがちスルー

 レコードショップUFOでは木製のレコードラックを使ってるんだけど、この部屋にはそういったものがない。あと、生活感みたいなものも感じられなかった。掃除はきちんと行き届いている。それなのに人が暮らしている気配がなくて妙に寂しい気持ちだ。

「レコードはここね。引き出しのところなの」

 おばあちゃんはそういってから、オーディオラックの下部にある引き出しのひとつを指差した。位置的に力むのに難儀しそうに思えたので、私がかわりに引っ張ってあげる。重い。腕の力だけじゃダメそうだ。体重をかけて思いっきり引っ張る。ムリムリーッて感じに引き出しが伸びた。尻餅をついちゃってすこし恥ずかしかった。

 引き出し中には7インチシングルレコードが整然と詰め込まれている。ミュージシャンの名前をアルファベット順で管理されていたようで、Aから始まる仕切り板はどれも手書きなんだけどおしゃれな字体で好き。

「シングル盤を中心に買われていたんですね」

 店長が引き出しから小さなレコードを取り出しながら訊いた。

「そうなのよね。おじいさんはずっとそればかり集めていたの。普通のレコードは買わない人だったわねぇ」

「こだわりのある方だったんでしょう。素晴らしいコレクションです」

「あらよかったわ、無駄足にならなくて。急ぎじゃないからゆっくりしていってちょうだい。なんならふたりで泊まっていってもいいのよ」

 そんな言葉を残しておばあちゃんは、農作業の続きをしてくるから、と部屋から出ていった。

「どうします? 泊めてもらいます?」

「あ? バカなの?」

「いやでも、おばあちゃん寂しそうだったし」

「それはそれ。今日は仕事だから」

「はい……」

「なんでお前がしょんぼりすんだよ。そんなに気になるなら休みに日に遊びに来たらいいんじゃね」

 それもそうだ。仲良くなれたら遊びに来よう。ま、そのときは店長に車を出してもらうんだけど。

「ってかモヒカンがちスルーでしたね」

「……」

「なんすか、ちょっと凹んでんすか」

「まぁな……」

 まぁなじゃねぇよ。ちょっとはモヒカン自重しろよ、って思いつつ、レコードを取り出すを手伝った。



 シングル盤っていうのは小さいレコードのことだ。7インチレコードとかドーナツ盤とか他にも呼び方があって厳密にいうとそれぞれ微妙に違うらしいんだけど、日本ではまとめてEP盤って呼ぶことが多いみたい。ソノシートと同じ直径でパンケーキすこし大きくした感じだね。

 この小さい盤面の両面それぞれに一曲ずつ入ってるのが基本だって店長から聞いたことがある。片面にたった一曲だよ? A面の曲を聴いたらすぐ裏返してB面を聴くとか落ち着かないし面倒でしかないと思うんだけど。……あ、そうかー、ころころ何度もひっくり返したり取り替えたりするからスツールが置いてあるのかな。リクライニングチェアなんか置いてものんびりしてる間もなさそうだもんね。

「シングル盤って圧倒的に不便だと思うんすけど、それでもやっぱ集めたくなるもんなんすかね」

 そう声をかけると、さっきまでしおれていたモヒカンがちょっと元気になった気がした。

「当時はシングル盤を一枚出して、そのまま見向きもされないで終わってしまったバンドとかミュージシャンとか山ほどいるだろうからな。そういうの発掘するのが楽しいってものある。宝探し感覚で」

「発掘っすか。でも、このバンドの曲とか私でも知ってるっすけど、シングル盤で聴く必要なくないっすか」

 この曲は、このまえ女子大生が買ってくれたレコードにも収録されてる有名な曲だ。一曲だけ好きっていうならあれだけど、たくさん曲の入ったLPレコードで買った方がお得感もあると思う。ジャケットだって大きくてかっこいいし。

「シングル盤っつーのは再生するときの回転数からして違うんだよ。LPが一分間に三十三回転に対して、シングル盤は四十五回転だ。これが意味するとこわかるか?」

「え、より速くグルグルしてるってことっすか」

「そうだ」

 そうなんだ。で、それがなんなの。

「回転数が速いからって、音が早回しになるわけじゃない」

「そりゃまぁ、そうですよね」

「速く回転するってことはそれだけで再生が安定するし、レコード針が一秒間に読み取れる情報量も増えるってことなんだよな。それで音がいいって人もいるし、シングル盤は元々ジュークボックスなんかで使われてたから、どんなプレイヤーでも安定した音が出せるように音圧を上げてあるらしくって、それで迫力が違うって人もいるし。理由と蘊蓄はいろいろだけど、俺は実際聴いてみて好きな方を選べばいいと思う。まぁLPレコードに収録されてる同じ曲でも、シングル盤にはシングル盤の音があるって思ってくれたらいい」

 理屈はわかったけど、なんかいまいちわかんないな。

「店戻ったら聴き比べしてもいいっすか?」

「あぁそれがいちばん話が早いな」

 そうだ、音楽は自分で聴いてみるのがいい。なんだかんだ言っても最終的にはどう感じるか、なんてことは人それぞれなんだし。


 てっきり取り出したレコードをダンボール箱に詰めてすぐ持って帰るのかと思ったけど、ある程度はこの場で査定して支払いを済ませたいそうだ。遺品だしなんの信用もないモヒカンが持って帰っちゃうのも不安にさせそうだから、だって。たしかに! モヒカンだしね。信頼とかしようがないもんね! って言ったら舌打ちされた。

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