第10話 UFOからの着信
焼きそばの屋台に目をやると、バカみたいに大行列ができてた。そりゃあれだけいい匂いさせてるもんね。はなさん(?)もかっこいいし、並んじゃうよね。宇宙人なのかどうか問い詰めたいところだけど、まだしばらくは屋台で営業してるだろうし時間をあらためようかな。
オレンジ号の泥を払って、ペダルに足を掛けたところでスマホが震えた。レコードショップUFOからの着信だった。
「はい。三輪です」
『あぁー、円谷です。モヒカンの。お休みのとこわりぃな』
モヒカンのって名乗り方どうなのそれ。
「なんすか、マウンテンバイク乗る気になったんすか」
今日は私の休みでもあるし、レコードショップUFOの定休日でもある。だから店長もお休みだ。
『いや、そうじゃねぇんだけど。お前いま、星見ヶ丘公園にいんのか?』
「そうですそうです、登ってきたところっすよ」
話しながらスニーカーの先っぽで地面をほじくってた。俯いているのはなぜだか半笑いだからである。
『それ終わったあと時間あんだろ。ちょっと付き合え』
順調だった掘削作業も、岩盤みたいなのにぶつかってしまいそれ以上は進行できそうもなかった。ここの丘はなんだかたゴツゴツしてる。
「え、デートっすか? なんすか?」
地面を小さく蹴っ飛ばす。
『まぁそんなところだ。ドライブ』
顔を上げると雲間から朝日が差し込んで街並みを照らした。照らしたところでシチリアとかドブロブニクみたいな美しいものじゃないし、っていうかそもそも海辺でもないし、粗雑で薄汚れたものが光で飛ばされるだけなんだけど、いつも見てる景色よりもなんだか綺麗に見えてしまったのだからしかたない。今日はドライブ日和な気がした。だから返事は決まっていた。
「しゃあなしっすよ? ほんとは私だってこれから用事あるんすから」
とくにないけど。
『あ? 忙しいんだったらいいんだけど、ひとりで足りるし』
「は? そこはもっと食い下がるとこじゃないんですか!? い、行きますけど!」
『なんでキレてんだよ……。じゃ一時間後くらいに店前でよろしく』
「オッケーっす!」
電話を切った。
一時間……。一時間か。そんなに余裕ないな。
さっき登ってきた道とは別に、下りのコースにはいくつかの選択肢がある。登りよか下り坂を一気に駆け下りる方が人気あるんだよね。だからコースもたくさん。勾配の強いコースほど出口までの道のりが直線的で距離が短いし、なだらかなコースは丘を撫でるようにぐるっと回るから時間もかかっちゃう。
マウンテンバイクって一口に言っても、車体にはいろんな仕様があって競技やそのスタイルも様々だ。私が乗ってるオレンジ号は、クロスカントリー用って扱いだから、わりとぐいぐい漕いで登れるし平坦も下りもそこそこいける。もちろん一般的な自転車よりはタイヤも太いし、サスペンションがあるおかげでデコボコ道も楽しんで走ることができるんだけど、それでもマウンテンバイクの中では特に剛性が高い方ではないんだよね。どっちかといえば機動力を重視した車体なんだ。
いま、目の前にあるコースはハードな下り坂――坂っていうか崖みたいなコース。岩から岩へとジャンプして下りていく感じだからペダルを漕いで駆け下りるって感覚はないと思う。ここを走れば(落ちれば?)街まで最短距離なんだけど、普段から入り口は鎖で施錠されてるし今日だって監視員さんがいる。
一度、試しにここを走ってみたくって係員さんに申し出たことがある。でも技術的な問題以前にオレンジ号の剛性では走行不可らしくって断られた。
オレンジ号みたいな街乗りできる車体とは別に、下りのデコボコ道を駆け抜けるだけに特化したダウンヒル仕様のマウンテンバイクっていうのが存在するんだ。特化してるだけあって車体の剛性も高いし、衝撃に備えるためにサスペンションが前輪だけでなくシートポストの下部あたりにも装備されていたり、崖みたいなコースでは特殊な操作性を求められることもあってハンドル位置も高いし、あとおまけにお値段もめっちゃ高い。いつかチャレンジしてみたいんだけど、だいぶ先になりそうだ。
ダメだ。うだうだ考えてるうちに時間がなくなっちゃう。今日のところはいつのも走り慣れたコースでぶっ飛ばして帰る! シャワーもしなきゃだし化粧もちゃんとしないとだし、前歯に青のりついてるかもで歯磨きもしなきゃだし……。私には一時間しか残されていないのだ。再びペダルに足を掛けて発進した。焼きそば屋さんは相変わらずの行列だったけど、はなさんがこっちに手を振ってくれて嬉しい。
「宇宙焼き楽しみにしてますからー!」
私も手を振ってそういった。返事かわりに汗を拭って、ピースサイン。なんだろう、ただそれだけで絵になる人だ。モデルになってほしい――描いてみたいなって思った。それと同時に胸がざわざわしだした。ざわざわの原因はよけいにわからなくなってしまった。
家に帰って速攻で支度する。いつもよかきちんとお化粧をして、髪は迷ったけどお団子で。服もどうしよって思ったけど、結局似たようなものしか持ってなくって、デニムのオーバーオールに上からカーキのジャケットを羽織った。なんかアメリカかどっかの大規模農場で働いてる人みたいになってるけど、よしとした。家族以外とドライブなんて生まれて初めてかもしれない、わりと緊張するもんだ。スマホの時計を見る。すでに三十分遅刻コースだった。
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