第75話:迷宮からの帰還

 外に出ると、すでに日は落ちており周囲は暗闇に包まれている。

 近くで野営ができる場所を見つけるためにヴィールが先行して進み、地面が平らな場所を見つけると急ぎ準備に入った。

 ジルはまだ動ける状態になく、気にもたれ掛かりながらいまだに目を覚まさない女性冒険者を見つめていた。


「命の危機は脱したから大丈夫だよ」

「そうだよね、ありがとう、メリ」

「ううん、これはみんなが頑張ってくれたおかげなんだからお礼なんて必要ないよ」

「……そっか、そうだよな。みんなで手に入れた勝利だもんな」

「うん」


 メリは万が一のための護衛をしている。

 リザが食事の準備、そしてヴィールは周囲を警戒していた。

 食事が出来上がると先にジルから食べ進め、次にメリとリザ、最後にメリとヴィールが入れ替わり食事を摂った。


「ジル君、体に異常はないかい?」

「はい。まだ動かし難いところはありますが、それ以外は問題ありません」

「よかった。それじゃあ、この後はゆっくり眠って休んでいてくれ」

「でも、警戒もしないと」

「それは僕が引き受けるよ。二日や三日は徹夜をしても問題ないくらいには鍛えているからね」


 笑顔でそう告げられたジルは、今の自分が足を引っ張ている自覚をしているので素直に頷くことにした。


「その代わり、元気になったらお返ししますね」

「あはは。それじゃあ、また一緒にパーティを組んでくれたら助かるかな」

「もちろんですよ。……でも、今回は一旦引き返す方がよさそうですね」

「……そうだね。彼女のことを考えると、事情を知っているスぺリーナのギルマスに話を通した方が保護もスムーズにいくだろうからね」


 本来ならば迷宮を攻略した後にセルジュへ向かう予定だったジルたちだが、助け出した女性冒険者の保護を第一に考えるならばスぺリーナに戻りゼルドの力を借りた方がいいと考えていた。


「彼女がセルジュを拠点にしている冒険者だって可能性もあるけど、僕たちではそれが分からないからね」

「そうですね。それに、目を覚ましてパーティが自分以外全滅していたとなれば、僕たちとしても周りに頼れる人がいてくれた方が助かりますしね」


 十中八九、迷宮内で死んでいた人たちは女性冒険者のパーティメンバーだろうと考えている。

 肉体的な傷はメリが癒してくれたが、精神的な傷はそう簡単に癒えるものではない。こればっかりはどうしようもないのだが、少しでも心安らぐ場所で目を覚ましてもらいたかったのだ。


「さて、それじゃあ僕はメリちゃんと交代してくるよ。少しは話をしても構わないけど、なるべく早く休むようにね」


 そう言って焚き火から離れていくと、しばらくしてメリが現われてジルの隣に腰掛けた。


「お疲れ様、メリ」

「これくらいどうってことないよ」

「そういえば、リザ姉は?」

「疲れて眠ってるよ。冒険者じゃないリザ姉には刺激が強過ぎたんだよ」

「……そう、だよな」


 今回の件で、リザを冒険に連れて行くのはやはり危険だと理解したジル。

 誰にも伝えていなかったが、スぺリーナに戻り理由は女性冒険者ともう一つ存在していた。


「……メリ、リザ姉のことだけど」

「やっぱり、スぺリーナでパーティを解消した方がいいよね」

「……同じことを考えていたみたいだな」

「うん。リザ姉には荒事よりも、都市の中で笑顔を振りまいてくれている姿が似合ってるからね」

「あぁ。迷宮の攻略も完了したわけだし、ヴィールさんもスぺリーナに残ってくれるはずさ」


 今回のパーティはゼルドからの依頼でヴィールを連れて行くことになったが、その過程で迷宮攻略という要素が組み込まれていた。

 もちろん、ヴィールに経験を積んでもらい冒険者として大成してもらいたいというゼルドの思いもあるだろうが、リザのことを考えるのであれば仕方のないことだと思っている。


「それじゃあ、明日でこのパーティとはお別れなのね」

「そうだな。リザ姉が我儘を言っても、絶対に断るからな」

「その時には私も手伝うからね」

「助かるよ、メリ」

「任せて、ジル」


 その後、メリはジルに肩を貸してテントへと連れていくと、自分もリザと女性冒険者が眠るテントへと戻っていった。

 一人テントの中で横になっているジルは、頭の中でレイフォールのことを考えていた。


「……一級の天職、魔剣士マジックナイトの武器か。これも、アトラ様の思し召しなのかな」


 全ての可能性を手に入れたジルの下にやって来たレイフォール。

 父親に認めてもらう為にと直剣を使っていたジルにとっては願ってもない武器である。

 しかし、二級の天職である銀剣騎士シルバーナイトの武器であるジルヴァードを使いこなせるようになるにも相当な時間を要していた。

 一級の武器となれば確実にそれ以上の時間を要することになるだろう。


「……でも、やらなければならないよな」


 ジルは拳を目の前でグッと握り込むと、思いを胸の中に秘めて目を閉じたのだった。

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