第76話:スペリーナへの帰還

 翌朝は朝からすぐに出発となった。

 時空鞄があるからこそ迅速に準備、片付けができているのでありがたいことである。

 普通に進んでいれば一度野営を挟むはずなのだが、女性冒険者のことを考えて強行軍での帰還となった。


「僕だ、ヴィールだ!」

「ヴィ、ヴィールだと! お前、セルジュに向かったんじゃなかったのか!?」

「色々あってね。すぐにギルドマスターに面会をしたいんだが、入れてくれないか!」

「分かった、ちょっと待っていろ!」


 夜も遅かったため門が閉まっていた。

 元衛兵であるヴィールだからこそ今のような無理が通じたのだろう。しばらくすると閉じられていた門が開かれ、ジルたちはすぐに冒険者ギルドへと向かう。

 衛兵の一人が冒険者ギルドへ先触れを出していたようで、ギルドマスターであるゼルドがロビーで待っていてくれた。


「ヴィール! ジルベルト君たちも、いったい何があったんだ?」

「事情は後で説明します。まずはこの子を医者に診てもらいたいですが」

「その子は?」

「……迷宮で、倒れていました」


 ヴィールがそう告げるとすぐに察したのか、ゼルドは残っていた衛兵に声を掛けて教会へと走らせる。

 そして事情を知っている者だけが残るとヴィールの口から事情説明が行われた。


「……なるほど、やはり他のパーティに見つかってしまったか」

「はい。他にも三人ほどいたんですが、ダメでした」

「そうか。亡くなってしまった冒険者には、悪いことをしてしまったな」

「ですが、彼らも冒険者なら死を覚悟していたと思います」

「……そうであるといいがな」


 そこからは迷宮の話が行われた。

 転移魔法陣で一気に下層まで移動したこと、そして魔獣が戦っている間に進化したこと、そして迷宮主であるオーガキングを倒して攻略を終わらせたこと。


「そうか。ならば、あの迷宮もこれ以上は難易度が上がることはないだろうな」

「どういうことですか?」

「ジルベルト君は知らないのか。迷宮というのは、迷宮主が倒されない限り内部の魔獣が成長を続けてしまうものなんだよ」

「そうなんですか?」


 迷宮主が倒されていない迷宮では、その主から魔獣を進化させる源が迷宮を通して送られてしまう。そうなると各階層の魔獣が強くなり攻略の難易度がどんどんと高くなってしまう。

 発見して早い段階で迷宮主を討伐できたのは運が良かったと言えるだろう。


「他の階層は今後潜る冒険者が徐々に攻略してくれるだろう」

「最低でも八階層以上はあるはずだから、そこを踏破できるだけの実力が必要ですね」

「そうだな。スペリーナとセルジュにそれだけのパーティがいるかどうか……ふう、頭が悩まされるよ」

「そこがギルドマスターの仕事ですからね」

「それを言われると何も言い返せないな」


 迷宮に関してはゼルドとヴィールに任せてしまって問題ないだろう。

 そう思っていると、先ほど出て行った衛兵が神父を連れて戻ってきてくれた。


「ブライト様! おぉ、お戻りになられたのですね!」

「神父様よ、今はそちらの少女を診てもらえないか?」

「むっ! ……仕方ないか。どれ、診せてみろ」

「よろしくお願いします、神父様」

「おぉ、ブライト様よ! 儂に任せてくだされ!」


 メリが言えば手のひらを返したように態度を変えてくれるのでとても扱いやすいとゼルドは内心で思っていた。

 神父が女性冒険者を診ている間だけは誰も口を開くことなく、その診察を待っている。そして――


「……ふむ、外傷はすでにブライト様が完全に、完璧に、全くの問題なく治しておられる。今はゆっくり休ませて心を癒す必要があるじゃろうな」

「そうですか……あぁ、よかった」

「いや、ブライト様。そう楽観視できるものではございませんぞ」

「えっ?」

「心の傷というのは外傷よりも治すことが難しい。魔法が通用しないのじゃからな」


 神父はイスに深く腰掛けて一つ息を吐く。


「その者が乗り越えなければ生涯治ることのない傷である。儂らができることと言えば、寄り添い支えることだけじゃ」

「……そう、ですね」

「して、その子はスぺリーナを拠点にしている冒険者なのか?」


 全員の視線がゼルドに向いたのだが、首は横に振られた。


「こちらではない。登録自体はバレルシーア行っているようだが……どこを拠点にしているかまでは分からん」

「そうか。であれば、まずはこの子が目を覚まさないことには何もできないのう」

「それじゃあ、俺たちもしばらくはスぺリーナで活動するしかないか」

「うん? ジルベルト君たちは別の都市に向かってくれてもいいぞ?」


 ゼルドは首を傾げているが、ジルは笑みを浮かべながら当然と言うように答えてくれた。


「助けて放り投げるだけでは無責任ですからね」

「……そうか。君は本当に素晴らしい人物なんだな」

「素晴らしいって、普通のことじゃないですか?」

「いや、冒険者というのは自分本位の者が多いからな。助けることはあっても、その後も面倒を見る者は少ないよ」


 そう口にしながらゼルドはジルの頭を優しく撫でる。まるで自分の子供の頭を撫でるように。


「……さて、それじゃあ君たちも今日は休みなさい。後は私と神父様で見ておこう」

「その通りじゃ。特にブライト様はのう!」


 神父は最後まで神父だなと思いつつ、ジルたちは冒険者ギルドを後にした。

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