第74話:迷宮⑬

 十一階層の探索を初めて程なくして──ジルたちは今まで見たことのないほど精巧な意匠が施された扉を発見した。

 薄暗闇で廃遺跡を模倣したかのような床壁とは明らかな違いを放っている。

 この扉だけが、まるで異空間にでも繋がっているのではないかと思うほどに場違いな扉だ。


「ここが、ヴィールさんが言っていた、最下層の扉ですか?」

「中に入ってみないと分からないけど、おそらくね」

「そうじゃなかったら、私はもう死を覚悟するわよ」

「リザ姉は絶対に死なせないよ! 私が守るもの!」

「うふふ。ありがとね、メリちゃん」


 ジルは一つ息を吐き出すとメリの肩から腕を外して一人で立つ。

 ゆっくりとした足取りで扉の前に立つと、その意匠に目を向けた。

 白と金が主に使われているのだが、触れてみるととてもスベスベであり埃一つ付いていない。

 最初に感じた印象そのままに、ここだけが異空間であると何故かジルは確信を得ていた。

 ならば、この先が最後の部屋であり、転移魔法陣があっても不思議ではない。


「……あ、開けるぞ」


 確認の意味も込めてそう口にすると、ジルは両手に力を込めて扉を押し開けた。


 ──ギギギギギィィ。


 甲高い音を立てながら開かれた扉の先には、廃遺跡とは全く異なる造りの部屋が存在していた。

 薄暗闇とは真逆の光溢れる真っ白な部屋。大きさは大人が一〇人以上横に並んでも余裕があるくらいに広く、奥行きもある。

 部屋の中央には台座があり、その上には一本の剣が宙に浮いてゆっくりと横に回転していた。


「……あれは、いったい」

「やっぱり、ここが最奥の間──宝物庫だよ」

「それじゃあ、あの剣がこの迷宮の宝物ってことですか?」

「その通りだ」


 ジルの質問にヴィールが答えると、四人は宝物庫の中に入っていく。

 すると、全員が中に入ったのと同時に扉が閉まり、そして扉自体が消えてしまった。


「……先へ進もう」

「……はい」


 どのみち引き返すことはできなかった。今さら扉が消えたとして何も変わらないと言い聞かせて台座へと進んでいく。

 そして、台座を目の前にした時──浮いていた剣がひとりでに動き出した。


「まさか、剣と戦うのか?」


 ジルがそう口にした直後、剣から目を覆うほどの光が発せられて全員がまぶたを閉じてしまう。

 この状態で魔獣に襲われでもしたらひとたまりもない、そんなことを考えているとジルの手の中に不思議な感触がもたらされた。


「……光が、収まった?」


 恐る恐るまぶたを開けて台座に目をやるが、そこに先程まであった剣は見当たらない。

 まさかと思いジルは左手に目を向けた。


「……いつの間に、俺の手の中に収まっているんだ?」


 謎の剣は、気づけばジルがその柄を握りしめていたのだ。

 さらに不思議なことが起きていた。名前も何も知らないはずの剣なのだが、ジルの頭の中にはその名称が浮かんできている。迷宮の宝物庫で手に入れた謎の剣、その名前は──


「……光の剣、レイフォール」


 武器に名前が付いているのは珍しくない。ただ、異名のように別名が付いていることは珍しい。

 鍛冶師が打った武器に名前を付けることも普通とされているが、別名を付けることはないのだ。


「……うわ、これってすごい剣だな」

「どうしたの、ジル?」

「どうやらレイフォールには、オーシャンズロッドみたいな特殊効果が備わっているみたいなんだ」

「それはすごいね。それで、どういった効果なんだい?」


 レイフォールに備わっていた特殊効果は――魔力回復と光魔法の効果上昇。

 ここで気になることが一つ浮かび上がる。


「……剣なのに、魔力回復と光魔法の効果上昇なの?」

「う、うん。やっぱりおかしいよね」


 通常、剣に備わっている特殊効果といえば身体能力向上や斬れ味向上など、戦闘職に向いた効果が備わっているもの。

 だがレイフォールに関しては魔導師に向いた特殊効果しか備わっていないのだ。


「……なるほど、そういうことか」

「どうしたんですか、ヴィールさん」


 顎に手を当てて考え込んでいたヴィールは納得したように口を開いた。


「これは、一級の天職である魔剣士マジックナイトのために作られた剣じゃないかな」

「魔剣士の剣、ですか?」

「なるほど! それなら納得じゃないのよ! 魔剣士なら魔法も使うし、魔力枯渇で動けなくなるのを防ぐために魔力回復が備わっているのも頷けるもの!」

「ジル、すごい剣だよ、これは!」

「……一級の、天職か」


 一級の武器はそう手に入るものではない。

 ジルが二級の双剣士ツインソードの真似事をしてみたり、同じ二級の銀剣騎士シルバーナイト用の直剣を使っているのも、一級の武器が手に入らないという理由もあった。


「……この剣が使えるようになれば、俺もいつかは父さんに認めてもらえるかな」

「ジル……」


 レイフォールの柄をぎゅっと握りしめ、ジルはしばらく黙り込んでいたのだが、顏を上げるとその表情は晴れやかなものになっていた。


「さあ、帰ろう。その子のことも心配だしね」


 時空鞄にレイフォールを入れて、ジルは歩き出す。まだおぼつかない足取りの中、メリがそっと肩を貸す。


「……きっと大丈夫だよ」

「……あぁ、ありがとう」


 こうして、ジルたちは迷宮を後にしたのだった。

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