第73話:迷宮⑫

 魔剣は青と白が入り混じった刀身をしている。

 振り抜かれた魔剣からは極寒の冷気が迸り、オーガキングの両足と地面を縫い付けるかのように凍りついた。


『ゴガガッ!』


 一振りで砕けてしまった魔剣だが、その役割を十分に果たしたと言えるだろう。


「ありがとう、リザ姉!」

「ぶっ放してやりなさい!」


 動きを封じられたオーガキングに回避する術はない。

 強靭な肉体で防ぐことは可能かもしれないが、ジルは自らの魔力を全て消費しても構わないと全力の一撃をオーガキング目掛けて振り抜いた。


「斬り裂け――マジックソード!」


 ジルはジルヴァードを通して鋭く長い魔力の刃を顕現させると、その刃がオーガキングへと襲い掛かった。

 両腕を振り上げて防ごうと試みたオーガキング――だが、マジックソードは両腕を両断し、そして頭蓋から胴を滑り抜けて地面すらも斬り裂いた。


『ゴガガ……ガガ……ァァ……』

「はぁ……はぁ……はぁ……か、勝った……ぁ」


 可視化できるほどに魔力を凝縮したマジックソードはその威力と引き換えに、ジルの魔力を全て使い切ってしまった。

 足に力が入らず、ジルヴァードを杖代わりにしようとしたが腕にも力が入らない。

 そのまま前のめりに倒れそうになったジルを支えたのは、オーガキングが斬り裂かれたと分かった途端に駆け出していたリザだった。


「ジル!」

「……リ、リザ、姉……助かったよ、ありがとう」

「ううん、私の方こそ助かった。それに、ごめんね。私が無理を言ったから」

「気にしてないよ。そのおかげで、一人の冒険者を、救えたんだから」


 ジルの視線は、支えられながらも気を失っている女性冒険者に向けられている。

 転移魔法陣に乗るという判断をしなければ、女性冒険者は確実に死んでいただろう。そして、知らず知らずのうちに迷宮を発見した別の冒険者が犠牲になっていたかもしれない。


「あとは、ここから無事に脱出できるか、どうかだね」

「そうだけど、ジルはもう戦えないよね」

「……頑張るよ」


 リザの肩を借りながら歩き出したジルは、メリとヴィールが立っていた場所にやってきた。

 ヴィールはシルスライドを回収しておりまだ戦える。メリの魔力も問題はない。

 ジル抜きで帰還玉が使える場所まで移動できるかどうか、それが心配の種だった。


「……ジル君、これは一種の賭けになってしまうんだがいいかな?」

「……なんですか、ヴィールさん」


 伝えるべきかどうかを悩んでいたヴィールだったが、全ての可能性を伝えるべきだと判断して口を開いた。


「今のオーガファイターやオーガキングが、この迷宮の主だと思うんだ」

「主、ですか?」

「うん。迷宮主というんだけど、迷宮の最下層に存在する扉を守護する強力な魔獣のことだ。もしそうであれば、その扉を探した方が地上に帰るには早いかもしれないんだ」

「……もしかして、扉の奥に地上に向かう転移魔法陣があるかもしれないってことですか?」


 ヴィールの提示に可能性を見つけたのはメリだった。

 そして、メリの言葉にヴィールは大きく頷いた。


「ここが最下層なら、100パーセントあるだろう。迷宮というのは、何故かそのように造られているんだ」

「でも、ここが最下層じゃなかったら、オーガキングよりも強い魔獣がこの先にいるってことにもなるのよね?」

「そうなるね。だから、僕たちは選ばないといけないんだ。帰還玉が使える階層まで戻るか、ここが最下層だと信じて扉を探すか」


 そして、三人の視線はジルへと向けられた。

 今この状況でジルに選択させるのは非常に酷なことである。

 すでに満身創痍、どちらを選択したとしてもジルができることなんてほとんどない。

 だが、リーダーとしてどうするのかを選ぶのはジルであり、皆がジルの選択を尊重するだろう。


「……扉を、探しましょう」

「いいの、ジル?」

「あぁ。俺を置いて上に戻る選択もあるけど、それはみんなが受け入れないだろう?」

「「「当然!」」」

「なら、俺もまだ生きていたいし、全員が生きて地上に戻るために、扉を探しましょう」


 苦しい状況であっても、ジルはなんとか笑みを浮かべてそうはっきりと口にした。


「ヴィールさん。俺は、即座に指示が出せません。だから、この後からは、ヴィールさんが指示をお願いします」

「……分かった。それじゃあ、この子はリザがおぶってほしい。そして、ジル君にはメリちゃんが肩を貸して。僕は周囲を警戒しながら、魔獣がいたら即座に倒す」

「……ありがとう、ございます」

「お礼を言うのはまだ早いよ。地上に出て安全を確保できてからだね」

「……はい」


 ヴィールは自分の頬を両手で叩き気合を入れると、ゆっくりとした足取りで十一階層にあるはずの扉を探し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る