第72話:迷宮⑪
最初に仕掛けたのはジルだった。
二級の天職である
進化してすぐに傷を負うとは思っていなかったオーガキングだが、かすり傷程度ならどうとでもなると判断したのか、構うことなく豪腕を振り抜いた。
直撃は死を意味するほどの一撃は受けることもできないと即座に判断、大きく飛び退いて回避したのだが、素振りによる突風がジルの体に襲い掛かった。
「ぐおっ!」
『コロオオオオオオスッ!』
体勢を崩しながらもなんとか着地したジルだったが、その隙を見逃すことなくオーガキングが地面を揺らしながら走り出した。
「アーススピア!」
ジルヴァードを地面に突き立てたジルは、刀身から魔力を地面へと注ぎ込み土の槍を顕現させる。
ディアドラの時は魔力を地面に振り撒いて魔法を発動させていたために威力もさほど出ていなかったが、今回はジルヴァードを介して直に魔力を地面に注ぎ込んでいる。
魔法の威力という点でいえば、雲泥の差が出ていた。
『グゴアアッ!』
「貫け!」
『グ、ググ、グオオオオオオッ!』
なんとか両腕を交差させて急所への攻撃は防いだものの、左腕には穴が空き右腕の半ばまで突き刺さっている。
致命傷とはならないまでも体中に傷を与え、さらに突進力を押しとどめることにも成功した。
「これなら、いける――!」
『グルオオオオアアアアアアアアァァッ!』
オーガキングから二度目の
先ほどは耐えることのできたジルだったが、今回の大咆哮はジル一人を狙って放たれたものだ。
また耐えられる、そう思っていたジルの体にはすでに異変が起きていた。
「……か、体が、動かない!?」
『……コロス……キサマ、コロス!』
自らの体を傷つけられ、オーガキングは怒り狂っている。
深紅に染まっていた双眸が見開かれ、動けなくなっているジルから一切逸らそうとはしない。
「う、動け! 動け動け、動け動け動け動け、動けよ! 俺の体!」
『コロオオオオオオスッ!』
「――アイスバレット!」
両腕を重ね合わせて叩き潰そうとしたオーガキングの両手目掛けて、いくつもの氷の弾丸が命中した。
一発一発の威力は大きくなかったが、数十ものアイスバレットが一寸の狂いもなく一ヶ所に間断なく命中したとなれば、それは巨大なダメージへと変換される。
故に、オーガキングが振り下ろそうとした両腕は振り上げた勢いそのままに後方へとバランスを崩してしまう。
そこへ追撃がオーガキングに襲い掛かる。
「これでも、くらええええええっ!」
『――! ガアアアアアアアアァァッ!』
裂帛の気合いと共に飛んできたのは――シルスライドだった。
ヴィールが渾身の力を込めて投擲したシルスライドはオーガキングの左眼に突き刺さり、初めてダメージと言える一撃を加えることができた。
動けないままにオーガキングの苦悶の声を聞いていたジルだったが、いつの間にか体が動くようになっていることに気がついた。
大咆哮は実力差があったり、階位が高かればその威力は増していくが、その対処法として冒険者の間で広まっているのが、大咆哮をあげた対象の弱った姿を目にすることだった。
大咆哮とは、いわば相手を威圧して無理やり動けなくする技である。
相手のことを強いと認識すればするほどその効果は高くなってしまうのだが、逆に相手を弱いと思うことができれば威力は半減し、場合によっては効果すらなくなることも確認されている。
今回のジルは、メリとヴィールのおかげでオーガキングの苦悶の声を聞き、さらに痛みに耐えている姿を目にすることができた。
「……動けないなりに、やれることはやってたんだよ!」
そして、ジルはすでに次の攻撃への準備を終えていた。
体中の魔力を右腕にでに集中させ、渾身の一振りを持ってオーガキングを両断する。
一日二回は放てない一撃必殺の攻撃を確実に当てるため、ジルは視界を奪われているオーガキングの左側へと移動した。
『グルオアアアアッ!』
「くっ! こいつ、やっぱり知恵があるのか!」
ディアドラのような流暢な言葉ではないが、先ほどから人族と同じ言葉を時折発しているオーガキングを見て、可能性の一つとして思い浮かんではいた。
そして実際にオーガキングはジルが左側へ回り込むだろうと予想してがむしゃらな攻撃を仕掛けながら振り向き、右目にジルを捉え続けている。
こうなってしまうと一撃必殺の攻撃を放つにはリスクが大きすぎる。
回避されればその時点でジルの敗北は決定してしまうからだ。
「――ジル!」
突然の呼び掛けに視線を向けると、そこには一本のナイフが宙を舞って飛んできている。
そのナイフを左手で掴み取り投げた相手を見つけると――
「リ、リザ姉!?」
「そのナイフを――魔剣を振り抜きなさい!」
魔剣という言葉を耳にしたジルは、リザを信じて魔剣を振り抜いた。
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