第68話:迷宮⑦

 現れる魔獣が明らかに強くなった。

 そう感じているのはジルだけではなく、ヴィールも同様だろう。

 それでも今の二人なら苦戦することもなく倒し、前進することができる。

 メリに関しては規格外の魔法があるので二人とは異なり上層と同じようにぶっ放すだけなのだが、一回の魔法で倒せる魔獣が減っているという感覚になっていた。


「どの魔獣も強度が高くなっていますね」

「戦えないわけじゃないけど、時間が掛かるようになりましたね」


 疲労の色が見え始めた前衛の二人だったが、タイミングを見てメリが回復魔法を唱えてくれる。


「パーフェクトヒール」


 暖かな光が二人を包み込み、かすり傷はもちろんのこと肉体的疲労まで回復させていく。

 大きく息を吐き出したジルとヴィールは、メリに頭を下げる。


「よし、これでまた戦えそうだ」

「ありがとう、メリちゃん」

「はい。でも、無理はしないでくださいね。肉体的疲労は回復できても、精神的疲労は魔法ではどうしようもできませんから」


 メリの魔法も完璧ではない。

 どれだけ外見を回復させようとも、精神が疲弊してしまっては普段と同じように動けなくなってしまう。

 そして、精神的疲労を回復させることは魔法をもってしても不可能だった。


「ここから先はもっときつい戦いになるんだ。無理は承知で進まないとな」

「そういうこと。僕たちは大丈夫だから、メリちゃんはリザのことを頼んだよ」


 気合いを入れるジルと、微笑みながらリザの心配を口にするヴィール。

 メリもリザを守ることが最優先だと理解しているので大きく頷いた。


「さて、それじゃあ次なんだけと……準備はいいか?」


 現在、ジルたちはすでに下層へと進む階段を発見している。

 転移した場所からすぐのところで見つけたのでこのまま進むことも可能である。

 さらに、今いる階層では先行しているパーティが戦っただろう痕跡を目にすることがてきた。

 だが、それはあまり喜ばしい結果ではなく、当初予想していた通りにリザ以外には映っている。

 先行しているパーティは、もう……。


「大丈夫よ、さっさと進みましょう!」


 そのことを知らないリザは早く進もうと口にする。


「僕も大丈夫だよ」

「私も!」

「……分かった、それじゃあ行こう!」


 そんなリザの思いが成就するように祈りながら、ジルはリーダーとして進むことを決定した。

 しかし、この後すぐに知ることになる。先行パーティがすでに生き絶えていることを。


 ※※※※


 ジルたちは知らないが、一〇階層に下り立った四人は異臭を感じ取っていた。

 リザは知らないが、冒険者の三人は嗅いだことのある異臭。これは――


「……近くに、死体がある」

「えっ」


 ジルの呟きにリザは恐怖を乗せた声を漏らす。

 風に乗って鼻を突いた異臭を辿れば死体に辿り着けるだろう。それが先行していたパーティだと、リザも気づくことができた。


「……行こう」

「……う、うん」


 ジルはジルヴァードの柄に手を置いていつでも抜けるようにする。

 メリとヴィールもすぐに戦えるよう準備をしており、リザを囲んで移動を開始した。

 向かう先はもちろん――異臭の先だ。


 しばらく歩いて気づいたことだが、魔獣が姿を見せていない。これは一階層の比ではなく、一匹も出てこないという意味だ。

 先行パーティが倒した、と考えることもできるがそれは無理があるだろう。何故ならこれほど濃い異臭となれば死体の数は一つではなく複数存在しているだろうからだ。


(先行しているパーティを全滅させるほどの魔獣が、この先にはいる)


 ジルはそう考え、ジルヴァードを握る手に力が入る。

 そして、魔獣と一度も出会うことなくさらに下へと続く階段を見つけた――見つけてしまった。


「……やっぱり、異臭はこの下からしますね」

「そのようだね」

「行きます、よね?」

「……もちろんだよ」


 リザは覚悟を決めたような表情でそう口にした。


「リザ姉、本当に大丈夫か?」

「大丈夫……とは簡単に言えないけど、私の我儘でここまで来たんだもの、行くに決まっているわ」

「何度も言っているけど、君のことは僕が絶対に守るよ」

「私たちですよ、ヴィールさん!」

「みんな……ふふ、ありがとう」


 四人で顔を見合わせ大きく頷く。

 お互いに覚悟を決め、十一階層へ向かう階段を下りていった。

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