第67話:迷宮⑥
──ドスン、ドスン。
とある階層では巨人が迷宮に足を踏み入れた者たちを今か今かと待ちわびていた。
しかし、その者たちはまだ二階層にいる。ここに来るまではまだまだ時間が掛かるだろうと思っていた。
『……キ、キエタ?』
その矢先、巨人が感じ取っていた気配が忽然と消失してしまう。
困惑するかに思われた巨人だったが、何故かその表情は不気味な笑みを浮かべていた。
『……ヒ、ヒヒッ! サッキト、オナジ!』
巨人が殺した冒険者の時と同じだと歓喜していた。
気配が消えたと思ったら、すぐ近くに現れた。そして、程なくして目の前に現れた冒険者を肉塊へと変えてしまったのだ。
『スグニ、クル。ソシタラ、スグニ、コロス!』
巨人はとある階層を歩き回る。自分が殺した冒険者の肉塊を踏みしめながら。
※※※※
転移魔法陣によって移動したジルたちはそれぞれの武器を構え、非戦闘員のリザを囲むようにして立っている。
転移後、突然襲われるかもしれないと思っての配置だったのだが、転移先には魔獣はおろか、生き物の気配すら感じることができなかった。
「……ここは、何階層だろう」
「……わ、分からないよ」
「……とりあえずは、安全なのかな?」
「魔獣もいないなら、安全ってことでいいんじゃないの?」
「……なんでリザが一番落ち着いているのかな?」
緊張感を漂わせていた三人とは違い、リザは中央でのほほんとした声で答えている。
「だって、みんなを信じてるからね」
リザはただ何も考えていないわけではない。
一級の天職賢者のメリを、二級の天職銀槍騎士のヴィールを、そして天職はないものの無限の可能性を秘めているジルを信じているからだ。
そして、目の前で信じていると言われてしまうと何もいえなくなるのがヴィールだと性格を理解している節もある。
「……全く、君って女性は」
「何よー。別にいいじゃないのー」
「まあ、いいんだけどね」
「そうそう、せっかく魔獣もいない場所なんだから、ちょっと休憩しない? 時空鞄に弁当も入れていることだしさ」
「私は賛成です! さっき魔法を使ったからお腹空いちゃって」
「メ、メリも意外に大物だよな」
「そうかな?」
「……まあ、いいか」
「僕もジル君が言うならいいけど……はぁ。なんだか、迷宮にいるって感じがしないなぁ」
頭を掻きながらそう呟いているヴィールだったが、その間にもリザとメリが弁当を取り出し、そして地面に布を引いて座る場所を確保していた。
「二人が地上で食料を確保してくれていて助かったわよー」
「そういえば、迷宮に出てきていた魔獣って食べられないんですか?」
「いや……その、食べられる魔獣もいたにはいたよ」
ジルの質問にヴィールが答えているが、何故かあまり歯切れが良くない。
「それらを確保することはできなかったんですか? そしたら、料理は難しくても備えにはなったんじゃ?」
「あー、えっと……メ、メリちゃんの魔法で、ほとんど食べられない状態になっちゃってたから」
「えっ?」
「「……あー、なるほど」」
「ご、ごごごご、ごめんなさい!」
ヴィールはジルの追求に仕方なく答えると、メリは慌てふためきながら頭を何度も下げてきた。
ジルとリザは納得の返事だったのだが、メリは自分の魔法のせいで確保できるものが確保できなかったのだと今さらながら気づいたのだ。
「いや、別に食料に困っているわけじゃないからね。それに、あれは僕からお願いしたことでもあるからさ」
「……き、気をつけます〜」
苦笑しながら手渡されたご飯を頬張るヴィール。
ジルとリザはすでに食事を始めていたので、メリも恥ずかしそうにしながら口に運ぶ。
「それにしても、ここって本当に何階層なのかな」
「そうだね。周囲の雰囲気は一階層や二階層と違うけど……」
「ふむ……もしかしたら、五階層よりも下になっているかもしれないな」
「えっ! それって、帰還玉が複数必要ってこと?」
「そうだね。だけど、僕たちは帰還玉を五つ持っているから、最低でも二五階層までなら問題はないかな」
リザとヴィールの話を聞いて、ジルはハッとした。
「そういえば、先行しているパーティが帰還玉を持っていたら、戻っている可能性もあるよな?」
「あっ! そうだね、すっかり忘れてたよ」
ジルとメリは迷宮についてゼルドから聞いただけなので帰還玉の存在が頭からすっぽりと抜けていた。
しかし、ヴィールは覚えていた。そのうえで、先行しているだろう冒険者がまだ迷宮にいるだろうと思っている。
「帰還玉を使っていたなら、戻りの足跡くらい残っていてもいいはずだが、それもなかった。それに、迷宮に挑戦するつもりじゃないと役に立たない帰還玉なんて道具を常に持っているとも限らないからね」
「……そっか、そうですよね」
帰還玉は迷宮でしか使い物にならない。
そして、普通のパーティでは高価な時空鞄を持っているはずもなく、荷物としてかさばってしまう。
そのことに気づいたメリは少しだけ下を向いてしまった。
「……そろそろ行こうか」
「……そうだね。ここだって、いつまでも安全とは限らない」
「……はい」
「よーし、出発だー!」
何故か元気なリザの合図を受けて、四人は――九階層を出発した。
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