第63話:迷宮②

 隊列はジルを先頭にしてメリとリザ、殿にヴィールが続く。

 入ってすぐに魔獣が殺到――ということはなく、静かな探索が続いている。


「迷宮ってこんな感じなんですか?」

「どうだろうね。僕も迷宮には潜ったことがないんだよ。スぺリーナの近くに迷宮がなかったっていうのもあるけどね」

「でも、何も出ない方が私としては嬉しいかも」

「わ、私もです」


 ジルとヴィールも女性陣と同じ意見ではある。

 だが、どうしても二都市のギルドマスターが危険だと判断した迷宮でそのようなことはあり得ないと理解もしていた。


「……ん?」

「どうしたんですか、ヴィールさん」

「……どうやら、僕たちよりも先に迷宮に潜った者がいるみたいだな」

「えっ!」


 ジルは気づかなかった壁の傷に、殿のヴィールが気がついた。


「壁の傷に……奥には魔法を使った後も見えるね」

「……本当だ。爆発の後に、魔力の残滓が見えます。おそらく、潜ってからそこまで時間も経っていないと思います」


 ヴィールの言葉を後押しするかのようにメリが補足する。


「魔力の残滓?」

「うん。魔法を使うとしばらくはその魔法から漏れた魔力が大気中に残っているの。それが魔力の残滓になるんだ」

「それがまだ残っているのか」

「魔力の残滓は数時間では消えるんだけど、それが残っているってことは確実に時間は経っていません」

「セルジュのギルドマスターが、同じタイミングで有力な冒険者に迷宮のことを話したんじゃないの?」


 リザの反応が一番可能性としては高いだろう。

 だが、冒険者歴の長いヴィールの考えは違っていた。


「この森はスぺリーナとセルジュを行き来するには必ず通る森だからね。たまたま冒険者が発見して潜った、という可能性もあると思うよ」

「でも、それだと危ないんじゃない? 実力がない冒険者だったら、今頃……」


 自分の口でそこまで言うと、その後を口にするのが怖くなったのかリザは黙り込んでしまった。

 しかし、リザの考えはこの場にいる全員が思ったことでもあり、だからこそ一階層がとても静かなのだと納得することもできた。


「これは、急いだ方がいいかもしれませんね」

「……いや、それでも慎重にいこう」

「ヴィール、それはどうしてなの? 他の人が危ない目に遭っているかもしれないのよ?」


 ヴィールの判断に食って掛かったのはリザである。


「僕だって助けられるのなら助けたい。だけど、ここは未攻略の迷宮であり、ギルドマスターが危険だと判断した場所でもあるんだ。僕たちには、他の心配をする余裕なんてないんだよ」

「……そうだな。ヴィールさんの言う通りだ」

「ちょっと、ジルまでそんなことを言うの?」

「リザ姉。俺は、誰とも知らない他人よりも、目の前にいるみんなを守りたいと思う。もし、他人とリザ姉が危ない目に遭っていたら、その時も俺は迷いなくリザ姉助けるよ」


 目を逸らすことなく告げられたジルの言葉に、リザは根負けして大きく息を吐き出した。


「……はぁ。そうだね、ごめん。私が少し興奮しちゃったみたい」

「いや、リザ姉が優しいのは知っているからさ」

「私もリザ姉と同じ気持ちだよ。だけど、危険が隣り合わせの状態なら、まずは自分たちの安全を第一に考えなきゃ」

「うん、そうね。ヴィールもごめんね」

「構わないよ。それに、先に潜った冒険者が実力者だって可能性も否定できないからね。もしかしたら、僕たちが最下層に到着する前に攻略されている、なんてこともあるかもしれないしね」


 最後は笑みを浮かべながら答えたヴィールを見て、リザも苦笑しつつも気持ちを切り替えている。

 だが、リザ以外の三人は気づいていた。

 先に潜った冒険者の実力が劣っていることに。


 壁に残された傷は、自分の武器の間合いを把握できていない証拠でもある。

 これが一つ二つなら魔獣と交戦している中でたまたま付いてしまったと考えることもできるだろうが、それが複数ともなれば話は変わってしまう。

 また、メリが見つけた魔力の残滓もとても弱々しい魔力だったのだ。


 三人はそのことをリザに告げることはなかった。

 それは、リザが冒険者ではないから。人の死を間近に感じて、この先に進むことができなくなるかもしれないから。

 本来なら、生産職の高鍛冶師ハイスミスが冒険者について迷宮に潜ること自体があり得ないことなのだ。


(絶対に)

(リザ姉だけは)

(僕が守る)


 三人は、それぞれのやり方でリザを必ず守り抜くと心の中で決めていたのだった。

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