第62話:迷宮
翌朝は太陽が顔を出す前に出発した。
迷宮でどれだけの時間が、日数が必要になるか分からないということでなるべく早く潜ろうと決めていたのだ。
ゼルドに教えられていた迷宮の入り口に到着した四人は、ゴクリと唾を飲み込んでいる。
というのも、入り口に立っただけでも奥底から異様な雰囲気を感じ取ることができてしまった。
それはジルやヴィールだけではなく、メリや冒険者ではないリザですら感じ取っている。
「……これは、ギルドマスターが危険だというのも頷けるね」
「……俺たちで攻略できるでしょうか」
ヴィールの言葉にジルが不安そうに口を開く。
「まあ、無理だと判断したらすぐに引き返せばいいだけの話さ」
「それでいいんでしょうか?」
「構わないわよ。命あっての物種だもの。それに、今のギルドマスターならそれくらいで何か言ったりしないわ」
メリの疑問にはリザがはっきりと構わないと言ってしまう。
それくらい気軽な気持ちでなければ、この迷宮には挑めないだろうと年長組は考えている。
だからこそ攻略できなくてもいいと口にするし、命が大事だとはっきりと告げていく。
「……そうですね。俺とメリは冒険者になってまだ日も浅いですし、まずは生き残ることを大前提に、行けるところまで行く。それでいいんですよね」
「そういうことだ。それに、二人が危ない時には必ず僕が助けるから、安心してくれ」
「ありがとうございます、ヴィールさん。私もまだまだですけど、
「期待しているよ」
「私はどうしたらいいのかなー?」
「リザはより安全に気をつけて、戦闘になったら隠れていてくれ。荷物は時空鞄があるからかさばらないしね」
「了解よー!」
一番気軽な感じで返事をしているリザにヴィールが苦笑しているが、ジルとメリの雰囲気を見るとリザの存在が気持ちに余裕をもたらせていると分かり一人で小さく頷いている。
「……さて、それじゃあ合図をお願いするよ、リーダー」
「……やっぱり俺がリーダーなんですね」
「当り前じゃないのよ。今さら駄々をこねないのー」
「ジル、お願い」
三人から期待の視線を向けられてしまうジル。
「……分かりました。それじゃあ――行くか!」
ジルの号令と共に、四人は初めての迷宮に足を踏み入れた。
※※※※
――迷宮のとある階層。
そこには偶然に迷宮の入り口を見つけていた冒険者が探索を行っていた。
ゼルドとセルジュのギルドマスターは情報を伝える冒険者を精査しており、セルジュのギルドマスターに至っては誰にも情報を伝えていなかった。
それ程に今回の迷宮は危険度が高いと判断されていた。
「ジェイド……ジェイド!」
「……に、逃げろ……フィア……俺たちは……もう、助からない」
フィアと呼ばれた女性冒険者の腕の中には、右半身を失ったジェイドと呼ばれた冒険者が抱かれている。
その後方にはすでに息絶えた仲間たちが肉塊となり散らばっていた。
「……早く、逃げろ……俺たちが、餌になっている、間に!」
「……ご、ごめん、本当にごめん、ジェイド……みんな!」
フィアはジェイドの体を地面に横たえ、よろめきながら立ち上がると来た道を引き返していく。
すでに掠れてほとんど見えなくなっているジェイドの視界には、何かが離れていく姿だけが映し出されていた。
「……あぁ、これで、フィアだけは、助か……る…………?」
薄れゆく意識の中、ジェイドは違和感を覚えた。
目の前に現れたあの巨人が動けば地面が揺れるはずだが、地面に横たわる今なお揺れが感じられず、それどころか気配すら。
血を大量に流し、右半身を失い、感覚を失っているのだろうと思い始めた直後――
「いやああああああああ――げぼあっ!」
聞き覚えのある女性の悲鳴が耳朶を震わせ、消えかけていたジェイドの意識は無理やりに覚醒してしまう。
「……あぁ……まさか……そんな、まさかああああ!」
――ドスン、ドスン。
フィアが逃げた先から、聞きたくなかった足音が響き、地面を揺るがす。
すでにシルエットしか映し出してくれなくなった視界には巨人が何かを握り潰しているように見え、自然と涙が溢れ出した。
「……フィア……フィアアアアアアアッ!」
残る力を振り絞り声をあげたジェイド。
『…………ニンゲン……コロス!』
「……魔獣が、喋った……だと……ごぎゃっ!」
巨人は右手で握りつぶしたフィアの死体を振り下ろし、ジェイドの頭蓋を粉砕した。
物言わぬ肉塊と化した人間だったものを眺め、巨人は――
『…………マタ、ダレカ、クル!』
迷宮に誰かが足を踏み入れたと理解し、ゆっくりと奥の方へと戻って行った。
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