第61話:就寝

 食事を終えた四人はそのまま就寝することにした。

 見張りはジルとヴィールが交代ずつ行い、最初はジルが行う。

 これは、食料を確保する時に簡単にではあるが周囲を探っていたこともあり問題は起こらないだろうというヴィールの配慮だった。

 ジルは自分が後でもいいと言ったのだが、先輩冒険者の言うことは聞くようにと笑い飛ばされてしまったのだ。

 そこまで言われると否定するのも悪いと思い、そのまま見張りについている。


「……暇だ」


 だが、予想通りに何も起こることなく、ただ時間が過ぎてしまう。

 初めての野営、そして見張りということで時間の使い方が全く分からない。

 腕組みをしながら考えていると、ふと思いついたことがある。


「……そういえば、俺の天職ってないんだよな。戦闘職に固執しなくても、生産職を真似ることもできるのかな?」


 他の人とは違い、今のアルには天職がない。無限の可能性を秘めている。

 戦闘職に固執した考え方をしていたのだが、今のジルなら何でもできるのだと思えば時間の使い方はとても大事になってくる。


「ディアドラとの戦闘では咄嗟に魔法が使えたし……練習するのもありか」


 魔法の使い方はアトラの祝福を受けた時から頭の中に流れ込んできた。

 これは天職を授かった時に似ており、天職がないジルの頭にどうして流れ込んできたのかは分からない。

 もしかしたら賢者ソロモンであるアトラが教えてくれたのかもしれないとジルは考えていた。


 さて、魔法の練習だが体内を巡っている魔力を自由自在に動かせるようにするという方法がある。

 魔力量は人それぞれで異なっている。自身の魔力量は感覚的に分かるようになっているので、無理な使い方というのは基本的にはされない。

 魔力が枯渇してしまうと、全身にとてつもない怠さが襲い掛かり動くことすらままならなくなる。

 魔力を自由自在に動かせるようになれば、無駄な魔力を使うことなく魔法を使えるようになるのだ。


「気配察知を切らないようにしながらかぁ……意外と難しいかも」


 単純に魔力を動かすことだけなら時間を掛ければできるもので、熟練していけば短時間で移動させることができる。

 基本的に魔法を使いながら剣を振るなんて天職はほとんどないので、同時進行で気配察知と魔力を動かすことを行う人は少なかった。


「……でも、コツを掴めばいけるかも?」


 ジルは一度目の感覚を確かめながら、二度目、三度目と魔力を動かしていく。

 全身へ均等に流れている魔力を右手に集中させて、右手から右足、左足に移して左手、頭を通って再び右手へ。

 体の外周に沿って魔力を動かすことで、放出先へ即座に魔力を移す練習でもある。

 一般的には手からの放出なのだが、人によっては奇襲を掛けるために足から魔法を放つ者もいたりする。


「意外と上手くいってるかな? ……ん、なんだこれ」


 体を巡る魔力に手ごたえを感じていたところ、体のちょっとした異変に気がついた。


「……これ、力が強くなってる?」


 魔力を右手に集めた時、その右手を開閉してみたところ力強さが上がっていると感じたのだ。

 うるさくすることはできないのだが、ジルは一度だけ素振りをしようと立ち上がりジルヴァードを手に取った。

 場所も焚き火の隣ではなく、少し離れて森の方を向く。

 魔力は両腕に分けて満たし、一度深呼吸をしてから――振り抜いた。


 ――ブオンッ!


 空気を斬り裂き、触れていない地面が真空波によって抉られる強烈な一撃。

 一〇メートル以上離れている木々も大きく揺れ、一番近くで揺れていた枝に至っては折れて地面に落ちてしまった。


「……い、今のは、何なんだ?」


 驚きのあまり固まっていたジルだが、直後には体を強烈な倦怠感がお襲った。

 体内の魔力量を確認すると、両腕を満たしていた魔力がほど空っぽの状態にまで減っていたのだ。


「……い、今の真空波は、魔力の刃みたいな、ものか?」


 ジルヴァードを杖代わりにその場で乱れた呼吸を整える。

 しばらくすると何度も深呼吸を繰り返し、何とか落ち着いたところで焚き火の方へと戻って行く。

 すると、先ほどまで寝ていたはずのヴィールが起きてジルへ手を振っていた。


「もしかして、起こしてしまいましたか?」

「いや、そろそろ交代の時間だからね。ちょっと早めに起きるのが僕の癖なんだ。飲むかい?」


 そう言って差し出された温かいお茶を手にして椅子に腰掛ける。


「さっきのは何だったんだい?」

「あれですか? いや、俺もよく分からないんですけど、魔力を集めて剣を振ったら、ああなったんです」

「……魔力? そういえば、ジル君は魔法も使えるんだったよね」

「はい。ヴィールさんが言うように魔獣もいないし、見張りも暇だったので魔力の巡りを操作できるよう練習してたんですけど、魔力を集めた部分の力が上がっているように感じまして。それで素振りをしたら、たぶんですけど魔力の刃みたいなのが出ました」

「出ました……って、それすごいことなんじゃないの?」


 少しばかり呆れたように口にしたヴィールだったが、ジルもこれがどういったものか分からないので首を傾げるばかり。


「どうなんでしょう。魔力がまんま出て行ってしまったんで、今はものすごく怠いんですよね」

「うーん、強力だけど使いどころが難しい、って感じかな」

「かもしれません」

「そっか……まあ、分からないことを二人で悩んでいても意味がないさ。明日になったらメリちゃんにでも聞いてみたらいいんじゃないかな」

「……魔法や魔力に関しては、メリの方が詳しいですもんね」

「そういうこと。それじゃあジル君はそれを飲んだらさっさと休むこと。起きてまだ怠いって言っても待たないからね?」


 最後は冗談っぽく言ってくれたヴィールに苦笑しながら、ジルはお茶を飲み干しお礼を言ってから眠りについた。

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