第60話:食糧確保

 森に入ってすぐのところで気配察知に引っかかるものを見つけた二人は、ヴィールが先行して様子を探りにいく。

 これは気配の場所が女性陣から見えなくなる場所にあるためだ。

 ヴィールだけで仕留められそうならそのまま突っ込み、無理なら戻ってきてもらう。

 食料の確保も大事だが、安全第一が最優先される。


 手信号でヴィールからの合図を確認したジル。

 はっきりと見えるように大きく頷いた。

 直後――ヴィールが槍を構えて一気に加速。

 見つけた獲物は猪に似た魔獣のブルボアーだった。


『ブルフッ!』

「はあっ!」


 ブルボアーが気づいた時にはすでに銀槍が振り下ろされていた。

 一メートル近くある太く逞しい首を一振りで両断した姿を見たアルは驚嘆している。

 ヴィールが使う銀槍は衛兵をしていた時とは異なるものだ。

 穂に付いた血を払い、新しい自身の銀槍――シルスライドを眺める。


「……うん、やっぱり良い槍だな」


 そう呟いた後からは早かった。

 ジルに手信号を送り呼び寄せると、その場で血抜きと解体を手際よく行い野営地に戻る。


「食料の確保ができたよ」

「ブルベアーがいたんだ」


 ということで、今日はそのまま晩ご飯の準備に移っていった。

 ここではメリとリザが腕を振るってくれた。

 男性陣は料理が苦手なようでその様子を眺めている。


「ヴィールさんは独り暮らしをしている時の食事はどうしていたんですか?」

「恥ずかしながら、ほとんど外で食べていたんだ」

「そのせいで貯金はあまりできてなかったわよねー」

「い、言わないでくれよ、リザ」

「へぇ、意外です。ヴィールさんは几帳面だと思っていました」


 メリの言葉に苦笑いのヴィール。

 リザはというと呆れたように愚痴を溢していく。


「実際問題、冒険者に戻らなかったら結婚もしていたかどうか」

「えっ! ……そ、そうなの?」

「確かに危険だけどさ、ヴィールならできるって信じてたし。それでやらずに給金の安い衛兵を続けるだなんて、家庭を預かることになる身としてはねぇ」

「でもリザ姉は鍛冶屋があるじゃないですか?」

「もちろんね。私一人の収入でもやっていけるけど……そこは男の人に支えてもらいたいわよねー」

「それ、私も思います。一人で生きていくなら全然いいんですけど、一緒になるなら支えてもらって子供との時間を作りたいです」

「そうだよねー! やっぱり子供も欲しいわよねー!」


 きゃっきゃとはしゃぎながら料理をする姿に、男性陣は肩身が狭くなっていく。


「……ヴィールさん、頑張ってくださいね」

「……うん、一応、冒険者を初めてからの収入は衛兵の倍以上にはなってるんだ」

「えっ! そうなんですか?」


 驚きの声にはしゃいでいた女性陣からも視線が集まる。


「うん。だから、リザが言っていることも分かるんだよね」

「……冒険者に夢を見る人が多いのも分かりますね」

「何の話なの?」

「……お金」

「お、お金? ジル、何を言ってるの?」


 困惑顔のメリにヴィールの収入が倍になったのだと告げると、ジルと同じような驚きの表情に変わっていった。

 自分たちの収入が自慢できるほど得られていない二人にとっては当然と言えば当然かもしれない。


「でもリザ、僕が迷っている時は支えてもいいって言ってたじゃないか」

「あれはヴィールに冒険者に戻るための決意をしてもらうための方便じゃない」

「ほ、方便って……まあ、きっかけになったのは間違いないけどさぁ」

「ほーらそうじゃない! ヴィールは冒険者をしている方が伸び伸びしてるんだし、今さら気にしない方がいいわよー」


 ほほほ、と笑いながら料理に戻っていったリザ。

 メリは笑っているが、男性陣は顔を見合わせて苦笑いだ。


「リザ姉の手の平の上で踊らされていたみたいですね」

「ヴィールさん、頑張ってくださいね」

「……うん、そうだね」


 そうこうしているとブルベアーの肉が焼き上がった。

 料理に使う香辛料も豊富に持ってきている。これはリザの屋敷にあったものを無駄にしないためだが、野営で使うなんてとヴィールは驚いていた。


「冒険者の野営では食事が質素になることが多いんだ。今日みたいに食料を現地で確保できれば別だけど、できなければ簡単に済ませるからね」

「ふっふーん! 私がいれば美味しい食事が常に食べられるわよ!」

「香辛料があればな」

「セルジュでも買い足そうね、ジル」


 質素な食事でも仕方ないと思う男性陣と、料理好きで美味しい料理にこだわる女性陣。

 野営による初めての晩ご飯は、今後の野営の食事事情について話し合いながらの食事となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る