第59話:道中

 迷宮の位置はセルジュ手前の森の中。

 セルジュまでは徒歩で二日、森への到着は一日半といったところだろう。

 自ずと野営をすることが決定しているので、ジルたちはどこで野営を行うかを話し合いながら歩いていた。


「森の中に入るのは危険だろうね」

「そうなると、その手前ってことかしら?」

「うん。どうしても魔獣や野生の獣も出てくるからね」

「……は、話が勝手に進んでいくな」

「……そうだね」


 野営の経験がないジルとメリにとって、年長組が勝手に話を進めてくれるのはありがたいことだった。

 ただ、最終的に話を振られるのは――


「「どうしようか、ジル」君」

「……それで構わないと思いますよ」


 パーティのリーダーにさせられてしまったジルに決定権だけはある。

 ジルはジルで二人に全幅の信頼を置いているのでいちいち確認を取らなくてもいいと何度も言っているのだが、そこは体裁が大切なのだとか。


「いや、今は周りに誰もいないじゃないか」

「普段からやっておかないと、いざという時に戸惑っちゃうでしょう?」

「そういうことだ。特に、僕たちのパーティは年下のジル君がリーダーなんだから、他のパーティに甘く見られないためにも必要なんだよ」

「だったら、ヴィールさんかリザ姉がリーダーを――」

「「それは絶対にダメ!」」

「ジル、それは私もダメだと思うよ」

「……はぁ」


 といった感じで、ジルに逃げ場はなかった。

 この調子がずっと続くのかと嘆息していると、道を逸れたところに魔獣の気配を察知した。


「あれは……ニードルラットだね」

「額に角が生えてるんですね」

「始めて見ました」


 ジルとメリがまじまじと見ていると、ニードルラットもこちらの存在に気づいたようで威嚇しながら睨みつけている。


「……メリ、せっかくだからオーシャンズロッドの試し撃ちをしてみたらどうだ?」

「あっ! そうだね、すっかり忘れてたよ」

「オーシャンズロッドって、時空鞄マジックバックと一緒にメリちゃんが貰ったっていう錫杖だったわよね?」

「うん! 水属性の魔法効果アップの付与があるみたいだから、一度試してみなさいってゼルド様にも言われていたんだ」


 ジルがオーシャンズロッドを時空鞄から取り出してメリに手渡す。

 両手で受け取ったメリは石突を地面に当てて水属性の魔法を発動させた。


「よし――アクアボール!」


 高魔導師ハイマジシャンだった頃のメリならば自分の顔くらいの大きさでアクアボールを顕現させていただろう。

 しかし今回は賢者になったことと、オーシャンズロッドの魔法効果アップの影響なのか直径一メートルほどの巨大なアクアボールが顕現してしまった。


「「「「……えっ?」」」」

『……ヂュヂュ!?』


 ジルたちも、そしてニードルラットも、予想外の魔法に驚愕の声が漏れてしまう。

 ニードルラットは即座に反転して逃げ出そうとしたのだが、放たれたアクアボールはその大きさとは裏腹に秒速一〇メートルの速度で撃ち出される。

 あっという間にニードルラットへと迫り――衝突と同時にその肉体が粉砕されてしまい、地面には二メートルに迫るクレーターが作られてしまった。


「「「「……」」」」


 あまりの威力に誰も声を発することができず、メリは静かにオーシャンズロッドをジルに返すと、ジルも無言のまま時空鞄に戻した。


「……そ、外では、使わない方がいいかもな」

「……うん、そうだね」

「……迷宮では、きっとメリちゃんの独壇場だろうな!」

「……そ、そうよね! うんうん、メリちゃんに頑張ってもらおう!」


 確かに強力なオーシャンズロッドだが、その使いどころは難しい。

 ――話し合いの結果、普段はいつもの杖を使おうということになった。


 森の手前には夕暮れ間際に到着した。

 野営の荷物も準備しており、本来ならば重く大きい荷物になるのだが、ここでも時空鞄のおかげで苦労することなく持ち運ぶことができた。


「ギルドマスターも、本当に便利な物をくれたわよね」

「あぁ。それだけジル君とメリちゃんに期待をしているってことだろうね」

「そんな。ジルは分かるけど、私なんて」

「いやいや、天職を持ってない俺よりも、賢者ソロモンのメリの方が凄いに決まってるじゃないか」

「あはは。このやり取りも何回目だろうね」

「二人とも凄い! それでいいんじゃないの?」


 何気ないやり取りなのだが、ジルとメリの二人だった時にはこれほど話が盛り上がることは少なかった。

 メリを冒険者にさせたくないと思っていたジルがいたからなのだが、それでも人数が多いことで会話が途切れないというのはとても嬉しいことだった。


「さて、テントも準備できたし、焚き火は魔法を使えばすぐに作れる。食料も買い込んではいるけど……ジル君」

「どうしましたか?」

「せっかくだし、自分たちで食料確保に挑んでみないかい?」


 ヴィールは槍を片手にニコリと笑った。

 初日ということもあり食材には困っていないが、今後どうなるかは分からない。

 特に今回はセルジュに向かうことが目的ではなく、迷宮攻略が最大の目的なので食料は大事にしなければならない。


「そうですね。迷宮が何階層あるのかも判明していませんし」

「あぁ。迷宮の中で何日も滞在する可能性もあるし、そこで食料を確保できるかも分からない。食べられない魔獣だっているわけだしね」


 食料の確保ができるのであれば、なるべくそうした方が良い。

 腐らせる心配があれば話は別だが、ジルたちには中の時間が経過しない時空鞄があるのでその点は心配がいらない。


「離れすぎるとこっちに魔獣が現れた時に守れなくなるから、少しだけ森に入った場所で気配察知を行う。引っかかる魔獣がいれば、そいつを狩ろうか」

「分かりました」

「よろしくねー。私は非戦闘員だから戦えないんだからねー」

「わ、私も一人では心配なので」


 女性陣からの言葉を受けて、ジルとヴィールは一つ頷きを返してセルジュの森の中に足を踏み入れた。

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