第54話:予想外の提案
二人はリザに声を掛けて屋敷を出ると、その足で冒険者ギルドへと向かう。
ヴィールが夜中の調査依頼について報告してくれているので、その報酬を受け取るためだ。
そして、そのまま明日の出発に向けての買い物を行う。
「そうですか、明日にはスぺリーナを発つのですね」
「はい。ピエーリカさんには本当にお世話になりました」
「またスぺリーナに寄ることがあれば、声を掛けますね」
寂しそうな表情のエミリアにジルとメリは笑みを浮かべる。
報酬を受け取りながら、準備に必要なものがあれば教えてほしいと助言を求めると、向かう先について聞かれた。
「バレルシーアですか……」
しかし、エミリアの反応は芳しくなく、むしろ心配そうな表情を浮かべている。
その様子にジルとメリは顔を見合わせて首を傾げた。
「あの、エミリアさん、どうしたんですか?」
「……実は、ここ最近のバレルシーアからは良い噂を聞かないのです」
「というと、悪い噂は聞いているってことですか?」
「……はい」
メリが声を掛けると、エミリアは不吉な答えを返してきた。
こうなってしまうとジルとしては向かう先を変更することも検討しなければならない。
「他に候補はなかったの?」
「一応、セルジュが候補には挙がっていました」
「セルジュか。あっちはスぺリーナよりも小さな都市だけど、問題らしい問題もないはずだから、私個人としてはそっちの方が安心かな」
「どうしようか、ジル」
考える時間は必要だ。
だが、窓口の前で長い時間たむろするのも問題だろうと判断して一度離れることにした。
冒険者ギルドの端にあるベンチに腰掛けて、アルは誰に相談するべきかを悩んでいた。
ヴィールであれば先輩冒険者としてアドバイスをくれるだろうが、見渡した限りだと姿は見えない。
先ほどのようにエミリアに相談できれば一番なのだが、上りの時間まではまだあるようですぐには難しい。
他の冒険者とは親しくなっていないこともあり、相談できる人物が限られてしまっていた。
「——久しぶりだな、ジルベルト君、メリル君」
そんな二人に声を掛けてきたのは、冒険者ギルドで一番の大物だった。
「ギルドマスター、お久しぶりです」
「お、お久しぶりでございます!」
「メリル君、そこまで緊張しなくても構わんよ」
以前の時に比べて表情が幾分か柔らかくなっている。
ヨルドの件で頭を悩ませていたからだが、今はその悩みから解放されて余裕が生まれているのかもしれない。
「それで、依頼も受けずにこのようなところでどうしたのだ?」
「えっと、その、ギルドマスターに相談していいものかどうか」
「構わん。見ての通り、今はそこまで冒険者も多くはない。ただ……」
「ただ?」
首を傾げたメリだったが、ジルはギルドマスターが言わんとしていることに気づいていた。
「……職員が、緊張しちゃってますね」
「そうだな。私の部屋でも構わないか?」
「むしろありがたいです。では、ご相談に乗っていただいても?」
「あぁ、いいだろう」
まさかの相談相手に驚きながら、二人はギルドマスターに続いて歩き出した。
ギルドマスターの部屋に到着すると、二人を来客用の椅子に腰掛けさせてギルドマスターはその向かいに座る。
「それで、相談というのは?」
「実は、明日にでもスぺリーナを発とうと思っているんですが、当初はバレルシーアに向かう予定だったんです」
「バレルシーアか……なるほど、エミリアから悪い噂が多いことを聞いたのだね」
「はい。それで、候補としてセルジュを上がっていたのでそちらはどうかと提案されたんです」
「ふむ、それでバレルシーアとセルジュ、どちらに向かおうかと悩んでいるのか」
腕を組み考えを巡らせているギルドマスター。
その間は二人も口を噤みその答えを待っている。
しばらくして、ようやくギルドマスターが口を開いた。
「……別の、選択肢を提案してもいいかな?」
そして、その答えは提案となり、二人の思っていたものとはかけ離れたものだった。
「これは一部の冒険者にしか知られていないことだが、スぺリーナから北の方角に未攻略の
「未攻略の、迷宮ですか?」
「あぁ。セルジュに到着する手前の森、その中に隠されるようにして迷宮への入り口が発見されたのだ」
「それを俺たちに教えてくれたってことは、もしかして?」
「そのもしかしてだ。スぺリーナで潜れそうな冒険者はヨルドしかいなかったが、あいつに教えるのは問題があると思い保留にしていた。セルジュのギルドマスターも知っているが、セルジュにも潜れそうな冒険者はいなかったのだが……今の君たちなら問題はないだろうと思ってな」
ここに至り新たな選択肢。
大きい都市だが遠く、さらに悪い噂があるバレルシーア。
小さい都市だが近く、さらに安全なセルジュ。
そして、セルジュに向かう途中にあるという未攻略の迷宮。
だが、ここまでのお膳立てが揃ってしまえば選ぶべき選択肢は一つである。
「……メリ、いいかな?」
「もちろんだよ」
「その様子なら、すでに決まっているようだな」
「はい。俺たちは――迷宮に向かいます!」
ジルの心を高鳴っていた。
未攻略の迷宮を攻略できるチャンスが目の前に転がってきたのだから。
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