第45話:黒幕

 ──ドンッ!


 壁が乱暴に叩かれた。

 それもそうだろう。目的は達成されたと思いその場を離れたことで、実は失敗してしまったのだから。


「もう俺が言ってやる! あんな奴ら、俺一人で十分だったんだ!」

「落ち着けブロス! 今は俺たちの想定外のことが起きている、まずは情報を集めるんだ!」

「そうやってちんたらやっているから失敗したんだろうが! 何が魔族だ、あんな奴らに殺されているようじゃあ、魔族の王とやらも大したことないんだろうよ!」


 荒れているブロスを宥めるのに難儀しているトレインだが、内心ではトレインもなぜ失敗したのか理解できておらず困惑していた。


「……想定外ねぇ」

「何か知っているのか、ノラ?」


 男性二人が言い合っている中、ノラは腕組みをしながら思案顔だ。


「アトラの森の噂って、知ってるかしら?」

「噂だと? ……いや、知らんな」

「嘘か真か、アトラの森では賢者ソロモンのアトラの意思が残っているとか。そして、アトラの声が聞こえた冒険者にはアトラの祝福が与えられるとか」

「なんだそりゃ? そんなもん知ったことかよ!」

「落ち着けブロス! それで、アトラの祝福を与えられるとどうなるんだ?」


 話を聞こうとしないブロスを諫めながら、トレインはノラに続きを促す。


「……天職を失うわ」

「はあ? なんだそりゃ、天職を失うとか、意味がないじゃねえかよ!」

「だから、噂話なのよ。だけど、それが何かしら影響を与えて、ヨルド以外の誰かがディアドラを倒したのかもしれない」

「天職を失った相手に負けたのか? ギャハハ! それこそ、雑魚じゃねえか!」


 嘲笑するブロスに、ノラは嫌そうな表情を浮かべる。

 トレインだけは顎に手を当てて思考を巡らせていた。


「……天職を失い、新しい天職を得る、ということは考えられないのか?」

「そういった話も出てきたことはあるわ。でも、実際に天職が変わった人がいたなんて話は聞いたことがないわ」

「はん! そんな噂話を信じるよりも、俺は俺の目で事実を確かめる!」

「だから落ち着けブロス! 今はボスの――」

(——戻れ、三人とも)

「「「——!」」」


 今にも部屋を出て行こうとしていたブロスだったが、突如として三人の意識に男性の声が聞こえてきた。


「ボ、ボス! どうしてだ! 俺がいればスぺリーナくらい簡単に潰してやる!」

(——戻れ、三人とも)

「なぜだ!」

「黙れブロス!」

「ぐっ」


 トレインの怒声にブロスは声を詰まらせる。

 ノラは片膝を床に付けて頭を下げたまま動かない。


「……分かりました、ボス。ですが、一つ質問をよろしいでしょうか?」

(——……いいだろう)

「ありがとうございます」


 了承を得たことで、トレインは一度深呼吸をしてから疑問に思っていることを口にした。


「……アトラの森の噂について、ボスはご存知ですか?」

(——知っている)

「今回にディアドラ討伐は、アトラが関係していると思っておいでですか?」

(——だろうな。魔族なら二級の職業が相手でも圧倒できる。それが倒されたのなら、それ以外に考えられないだろう)

「……そうですか。分かりました、我々は速やかに戻ります」

「おい、トレイン!」

(——待っているぞ)


 歯噛みするトレインだったが、表情や声には出さずに返事をする。

 ブロスは不満声をあげていたが、ボスの声はトレインの返事を受けて消えてしまった。


「トレイン! どういうことだ、俺は戻らねえぞ!」

「黙れブロス。ボスに逆らうのか?」

「ブロス、戻るわよ」

「ノラまで! ……畜生が!」


 イライラが止まらないブロスは机を蹴り上げると壁にぶつかり砕けてしまう。

 その態度を咎める者はなく、トレインとノラの表情は疑問顔だ。


(……何か、俺たちが知らないことが組織でも動いているのか? だが、それを知る術は今の俺たちにはない、か)


 今は従うしかない。

 そう考えながらブロスとノラに撤退準備をするように指示を出す。

 渋々なブロスとは対照的に、ノラは素直に準備を始めた。

 トレインは窓の外に目を向けるが、何度も見上げていた月は雲に隠れて見ることができない。


「……何もなければいいんだがな」


 小さく息を吐き出したトレインも撤退準備を始める。

 組織とトレインの思惑は一致している――していたはず。

 だが、すれ違いが起きているのであれば色々と考えなければならないかもしれない。

 そんなことを考えながら、誰にも伝えることはなく隠れ家を後にした。

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