第46話:スぺリーナの喧騒

 スぺリーナではしばらくの間お祭り騒ぎが続いていた。

 アトラの森に起きた異常、そして魔獣の群れの襲来。

 何か一つでも間違いがあれば滅んでいたかもしれない異常事態を切り抜けたことで人々は大盛り上がりだ。

 多くの酒場で冒険者が飲み食いをしており、中には非番の衛兵が混ざっていることもある。

 酒場の主人も大盤振る舞いで大樽一本を無料で提供する程だ。


 冒険者ギルドも大忙しとなっている。

 冒険者への報酬準備や、アトラの森の調査継続に伴う人選の選出、そしてヨルドに媚を打っていた職員への処罰。

 ヨルドの愚行を知りながらもあえて口を噤み、さらに甘い蜜を吸っていた職員もいたことにはエミリアも驚いていた。

 だが、一番大変だったことは――ギルドマスターの処遇である。

 というのも、ギルドマスターは自分の失態だと言い張り退く構えを崩さなかったのだが、それをエミリアを始め多くの職員が止めていたのだ。

 何かしらの処罰は必要だろうが、それはギルドマスターの席を退くことではない。そうなってしまうと冒険者ギルドはさらに大忙しになるだろう。

 それ程に元翠玉エメラルド等級であるギルドマスターの求心力は絶大だった。

 結局、ギルドマスターは職員の懇願を受け入れる形で退くことはせず、一年間の減給ということで処罰も落ち着いた。


 そして、周辺の騒ぎが落ち着きを取り戻してきた時である。

 ジルとメリ、そしてリザとヴィールはギルドマスターの部屋を訪れていた。

 ギルドマスターからの呼び出しだったのだが、その内容と言うのが――


「ねえ、本当に天職が変わるってあるのかしら?」

「分からないんですけど、私の感覚だと変わっていると思います」

「僕もそうだね。だから、今回ではっきりさせようってことだね」

「天職の再確認、か」


 リザの疑問の声にメリがはっきりと答える。

 ヴィールからも同意の声があがり、ジルはしみじみと口にする。

 ギルドマスターの周辺も落ち着き、知り合いの神父の都合もあって本日の再確認となったのだ。


「ジルはやらないんだよね?」

「あぁ。俺の場合は天職自体が無くなってるかもしれないから、神父が驚き過ぎてダメになるかもってさ」

「あー、まあ、そうかもね。天職で神父を授かったのに仕事ができないってなれば誰だって驚くし、人によっては疑心暗鬼になってダメになるかも」

「それが神職に就く者だったら尚更かもしれないね」


 リザの納得の言葉にヴィールが同意を示す。


「それと、ヴィールさんはどうするか決めたんですか?」

「どうするって?」

「衛兵を続けるか、冒険者になるかです」

「あぁ、それか。うん、決まったよ」


 ジルの質問にヴィールは笑顔で頷いた。


「僕の答えは――」


 ――コンコン。


 答えを口にする前にドアがノックされた。

 ジルとヴィールは顔を見合わせながら肩を竦めて口を閉ざす。


「すまない、遅くなったな」


 ドアの先に立っていたのは、神父を呼びに行っていたギルドマスターとその神父だった。


「ほほほ、そちらの方々が再度天職を確認したいという者たちかい?」

「こちらの少女とこちらの青年です」


 神父の質問に答えたのはギルドマスターだ。

 メリとヴィールの表情には僅かな緊張が表れている。


「お手数をおかけしてしまいすみません」

「す、すみません!」

「いやいや、いいんだよ。こやつが気になることがあるというからには、きっと何かあるんだろう」


 ヴィールとメリの言葉に、微笑みながらギルドマスターを指差している神父。


「これでも感謝しているんですよ?」

「ほほほ、それなら少しくらい教会への寄付を増やしてくれんかのう?」

「分かりました。ただ、私も減給を受けていることを忘れないでくださいね?」

「それはお主の行いのせいじゃろう。儂は関係ないからのう」

「……全く、仰る通りです」


 気兼ねなく話をしているギルドマスターと神父を見て、四人はぽかんとしている。


「私と神父様は、パーティを組んで冒険者をしていた間柄なんだよ」

「ほほほ、ものすごく昔の話じゃがな」

「……ぼ、冒険者だったんですか? 生産職の神父様が?」


 驚きの声を出したのはジルである。

 神父という天職は生産職だとばかり思っていたジルは、生産職が冒険者になるというイメージを持っていなかった。


「神父という天職は特殊だからな。確かに生産職ではあるが、回復魔法が使える貴重な天職でもある。冒険者としては神父様がパーティに加入してくれたのは大きかったよ」

「儂がいたからこそ、こ奴は翠玉エメラルド等級までいけたということじゃな」

「まあ、そういうことにしておきますよ」


 苦笑するギルドマスターを見ていると、とても不思議な気分になってくる。

 外壁の上から冒険者や衛兵を鼓舞していた、威厳を持つギルドマスターの姿からは想像がつかない。

 もしかしたら、今のギルドマスターが本来の姿なのではないかと、ジルは思っていた。


「どれ、それでは天職を確認してみようかのう。どっちからやるかい?」


 メリとヴィールは顔を見合わせると、手を上げたのはヴィールだった。


「僕からお願いします」

「よろしい。それでは、机の前に移動しなさい」

「は、はい」


 ヴィールが机の前に移動すると、神父はギルドマスターの椅子を勝手に移動させて神の像を正面に置いた。


「では、始めるぞ」


 そして、神父が経を読み上げ始めた。

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