第43話:疑問

 その視線は柔和なものなのだが、その中には疑問も含まれていた。


「二人も本当に助かった、ありがとう」

「いえ、俺たちも冒険者としての仕事をしただけですから」

「だが、疑問に思っていることもあるのだ。特にジルベルト君だが……君は剣士ソードマンだっただろう?」

「はい。それについても、一つご報告があります」


 アトラの森での出来事について報告するべきことは他にもある。

 ジルはどうせならとそのまま報告を行うことにした。


「俺がディアドラとやり合えたのは、アトラのおかげだと思います」

「アトラのおかげ? ……それは、賢者ソロモンのアトラか?」

「分かりません。本人は、皆さんが伝え聞いているアトラとは違うと言っていましたが、確かにアトラだと言っていました」

「ふむ……して、そのアトラのおかげだという言うのはどういうことだ?」


 ジルはアトラの森で出来事をギルドマスターに説明した。

 謎の女性の声がしたこと、アトラの森で死にかけたこと、その時にアトラと名乗る女性からの祝福によって天職を失い、可能性を手に入れたこと。

 今のジルは剣士ではない。

 何者でもないのだ。


「天職を、失うか」

「その可能性のおかげで、俺たちは今ここにいます」

「それについて、もう一つ不思議なことがあるんです」

「まだ、あるのか?」


 歴戦の強者でもあるギルドマスターも、様々な出来事が重なったことで頭の中を整理するのに時間が掛かっている。


「ジルが光の中から立ち上がった時、僕とメリちゃんも光を浴びたんです。傷が癒えたのもそうなんですが、今までの実力とは明らかに違う力や魔法が使えるようになっていたんです」

「……ジルベルト君だけが影響を受けたわけではない、ということか?」

槍術士ランサーではジル君とディアドラの戦いに介入することはできなかったと思います。もしかしたら、僕とメリちゃんの天職にも何かしら影響があったかもしれません」

「二人の天職も無くなったと?」

「ち、違うと思います」


 ギルドマスターの疑問に否定の声を出したのはメリだ。


「その、上手くは言えないんですが、今まで使えた魔法とは違う魔法の使い方が頭の中に浮かんできたんです。この感覚は、天職を授かった時と似ていました」

「ふむ……天職が、変わったのかもしれんな」

「天職が変わる、ですか?」


 今まで聞いたことのないギルドマスターの言葉にメリは疑問の声を出し、ヴィールも首を傾げている。


「……ヴィールとメリル君には、私が懇意にしている神父にもう一度天職を見てもらうことにしよう」

「あの、俺は?」

「ジルベルト君に関してはあまりにも特殊過ぎて、知り合いの神父であっても秘匿してもらえるか怪しいから止めておこう」

「そう、ですか」


 今の自分の状態を確認したいと思ったジルだったが、ギルドマスターの言っていることも理解できたので素直に従うことにした。

 天職を持たない存在というのは、あまりにも稀有な存在になるだろう。

 下手をすると儀式を執り行う神父の資質が問われる可能性だって出てくるかもしれない。


「だが、ジルベルト君には必要ないだろうからな」

「どういうことですか?」


 暗い表情になっていたジルに対して、ギルドマスターは柔和な笑みを浮かべてはっきりと口にした。


「魔族と戦い、生き残るだけではなく倒してしまったのだよ? ジルベルト君の可能性はとても広い。私が思い描けない程にとても広いのだ。おそらく、人が行う儀式では測ることなどできないだろう」

「……だと、いいんですが」

「きっとそうだよ。君は、君の進む道を行けばよい。それがアトラが示した可能性をさらに広げることになるだろう」

「……はい、ありがとうございます」


 ギルドマスターの言葉を受けて、ジルは迷いがないといえば嘘になるが、それでも笑みを浮かべるまでには気持ちを切り替えることができていた。


「……では、私は冒険者たちのところに行くとしようか。三人は私の部屋へ行くといい。エミリアとリザが待っているぞ」


 そう言うと、ギルドマスターは階段を下りていった。

 三人は外壁の上からスぺリーナの外で歓喜の声をあげていた冒険者と衛兵の姿を眺める。

 三人の活躍がなければスぺリーナは滅んでいただろう。

 だが、三人だけの活躍ではスぺリーナを守ることはできなかった。

 今この場にいる全員の活躍があって初めてスぺリーナを守ることができたのだ。


「……行こうか」

「はい!」

「リザ姉とピエーリカさんにも無事を伝え!」


 ヴィールの合図を受けて、三人は急いでギルドマスターの部屋へと向かった。

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