第39話:反撃
アトラの祝福は、ジルにだけ与えられたものではなかった。
ただし、こちらはヴィールがたまたま近くにいたからであり、アトラも予想外のことだった。
「はあっ!」
『くっ!』
「ふっ!」
『ごおっ!』
しかし、アトラの祝福の光を浴びたことで予期せず天職に変化が起きていた。
「どっせええええいっ」
『これは、重いなあ!』
渾身の一振りはディアドラが後方へ飛んだことで回避されてしまったが、軽く触れた地面が吹き飛び大きな穴を作り出していた。
吹き飛んだ礫がパラパラと落ちてくる中で、ヴィールの視線はディアドラを見続けていた。
「……これも、アトラ様の思し召し!」
『ならば、我も全力を出してやろう!』
「こっちだって、全力だ!」
入れ替わるようにして戦っていたジルとヴィールだが、今度は挟み込むように立ち位置を移動してゆっくりと間合いを詰めていく。
腰を落として息をゆっくりと長く吐き出していたディアドラは、新たな一手を打ち出した。
「
左右の拳に漆黒の魔力が纏わりついた。
まるで炎のように揺らめいているのだが、立ち昇る魔力は三メートルにも及ぶ。
「——! ジル、ヴィールさん! その魔力に触れてはダメ!」
漆黒の魔力の危険性に最初に気がついたのはメリだ。
『ほほう、よく気がついたな』
「あの魔力には、身体阻害効果が付与されています! 触れるだけで動きが阻害されてしまい、今まで通りには戦えなくなります!」
「なあっ!」
「これじゃあ、近づけないじゃないか!」
『さあ、どうする、人間ども!』
ディアドラが最初に攻撃を仕掛けたのは――ジルだった。
「ちいっ!」
『逃げるのか、人間!』
「ジル君!」
双剣と槍では間合いの短い双剣の方が漆黒の魔力に触れさせやすいと判断。
実際にジルが反撃をしようとすると、どうしても漆黒の魔力に触れてしまう。
今ここでジルが倒れてしまえば、ヴィール一人ではディアドラを倒すことはできなくなる。
「ジル君から、離れろ!」
『ならば、貴様から仕留めてやろう!』
間合いの長い槍ならばやり合えるとヴィールが駆け出そうとしたのだが、それをジルが大声で制した。
「ダメです、ヴィールさん! 今はどちらかが倒れてしまうと勝てなくなります!」
「ぐっ!」
そう、ジルが倒れれば勝てなくなるのと同じで、ヴィールが倒れてしまっても勝てなくなる。
しかし、今の二人では打開策を見いだせない。
「——セイントヴェール!」
そこに響いてきたメリの声。
ジルとヴィールを包み込んだのは純白の魔力の衣。
「こ、これで、セイントヴェールが消えるまでは戦えます!」
『かかかっ! そうか、貴様もそうなのか!』
動きを止めたディアドラは笑みを深め、さらに楽しみが増えたことを理解した。
天職に変化が起きたのはヴィールだけではない。それはメリにも起こっていた。
本来、セイントヴェールは高魔導師でも使うことができない最上位の聖魔法である。
魔を祓い、そして魔の性質を持つ者には毒となる。
「これなら!」
「いける!」
『面白いぞおおおおおおっ!』
ジルとヴィールが期待を高めた直後――ディアドラの漆黒の魔力は膨大な量に膨れ上がった。
それは拳に限らず全身を包み込み、さらに周囲へと広がっていく。
漆黒の魔力に触れた木々が色を変え、細くなり、一気に枯れ果ててしまう。
そして、その広がりはジルとヴィールをも飲み込んでしまった。
「ジル! ヴィールさん!」
漆黒の魔力の外にいたメリは悲鳴のように二人の名前を叫ぶ。
返事を待っているのだが、聞こえてこない。
今のメリには二人の無事を確かめる術がない。なぜなら――漆黒の魔力によって視界が遮られているからだ。
「……大丈夫、セイントヴェールは消えていないわ。でも……無事でいてね、二人とも」
祈りを捧げるように、メリは両手を胸の前で組み漆黒の魔力を見つめていた。
※※※※
セイントヴェールがなければ、二人は地面に倒れていただろう。
しかし、本来なら魔力が注がれ続ける限りその身を覆ってくれるセイントヴェールだが漆黒の魔力によってメリからの魔力供給が絶たれている。
このままでは五分としないうちにセイントヴェールは消失してしまうだろう。
「……やるしかない」
「……一気に片をつけよう!」
『……さあ、始めようか――殺し合いを!』
ジルとヴィール、そしてディアドラの最後の攻防が切って落とされた。
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