第38話:変化
ジルの双剣による連撃が先ほどよりもさらに重く、そして鋭くなっている。
余裕を持っていたはずのディアドラの顔から笑みが消え始めた。
『ぐおっ! くくくっ、実に面白い!』
「このまま、押し切る!」
『やらせると思っているのか!』
だが、ディアドラも先ほどが全力ではなかった。
ジルと同じように連打の速度を上げ、重い一撃が打ち出される。
剣と拳、分があるとすれば当然、剣だろう。
単純に刃が拳を斬るという面もあるが、無手の相手が武器を持つ相手にと戦う時には大きな実力差がなければ敵わないことが多い。
だとすれば、今の状況はジルにとってあまり良くはないといえるだろう。
『どうだ! まだ速くなるぞ? これで終わりかあ!』
「くっ! ま、まだまだ!」
優位を取ったかと思えば、ディアドラも徐々に実力を開放して押し返し始める。
アトラの力だろうか、双剣を使えば使う程に戦い方が分かってくる。今と数秒後では、明らかに動きが違って見えることだろう。
だが、ディアドラはそれすらも押し返してしまうのだ。
『このままでは、つまらなくて一気に片を付けてしまうぞ!』
「やってみろよ、やらせないけどな! アーススピア!」
手数を落とすことなく、魔法を放つことで手数を増やしていく。
地面から突き出された土の槍は確実にディアドラを捉えた――だが、固い外皮を貫くことはできず、逆に槌の槍が砕けてしまう。
『軽い、あまりにも軽いぞ!』
「くそっ! 魔法はまだ成長過程ってことかよ!」
双剣は
だが、魔法は違う。
剣士のままでは魔法自体を使うことができず、経験を積むことができなかった。
何者にでもなれるとアトラは言ったが、それは経験を積むことが大前提であり、今この場で付け焼刃の魔法は意味をなさなかった。
「それなら、やっぱりこれでやるしかないよな!」
『その意気や良し! だが、それだけで我を楽しませることができるのか?』
「いいや、倒してやる!」
強気の発言は、自分を鼓舞する意味でも口にしている。
そうでなければ、すぐにでも逃げ出したくなってしまうから。
ディアドラの実力は未知数だ。言葉通り、その気になればジルの成長を追い越して一瞬で殺してしまうこともできるだろう。
そして、ジルはそこに勝機を見ていた。
(——ディアドラの慢心が、俺の成長につながっている。意地でも、何があっても、俺はこの場を逃げ出さないぞ!)
自分の成長の糧にする。
そして、それがディアドラを倒してメリとヴィールを、そしてスぺリーナを守ることにつながると信じて。
「メリ! 魔法で援護を頼む!」
「えっ!」
『いいぞ、この場にある全てを使って我を楽しませろ!』
「ヴィールさんも可能な限り援護を!」
「ぼ、僕もかい!?」
ジルとディアドラの速度があまりにも速過ぎて介入する余地がないと傍観していた二人だが、ここでジルから援護要請が入った。
この戦闘に介入できるのか、逆にジルの邪魔になってしまうのではないのか。
そう考えると二の足を踏んでしまうのも仕方がないだろう。
「……うん!」
「メリちゃん!」
「ジルが援護を頼むってことは、きっとそれが勝利につながる何かなんです」
「……ジル君は、何か策があるってことかい?」
「分かりません。だけど、私はジルを信じていますから」
杖を構えて二人の方へと向けるが、その杖はカタカタと震えている。
ジルのことを信じているからと言って、放とうとしている魔法が助けになるのかどうかはまた別の話なのだ。
「……メリちゃん。僕が突っ込むから、その隙に魔法を放ってくれ」
「で、でも!」
「ジル君の動きに合わせるのは難しいだろうけど、僕の動きに合わせるのはまだ簡単だろう?」
「……ありがとうございます! でも、無理はしないでくださいね」
「分かってるよ。せっかく拾った命を、すぐに無駄にはしたくないからね」
言い終わるとすぐに槍を握り直す。
「……あれ?」
「どうしたんですか?」
「いや、その……うん、大丈夫だよ」
困惑顔だったヴィールは大きく息を吸い込むと、二人の戦いに集中して視線を向ける。
袈裟斬り、刺突、横薙ぎから後退。
前進、下段蹴りの流れから回し蹴り、さらに前進して左右の乱打。
不思議なことに先ほどまでは速過ぎると思っていた二人の攻防が、今ははっきりと見て冷静に分析することができている。
「……これなら、行ける!」
腰を落として力を溜め、タイミングを見計らって一気に駆け出した。
「ジル君!」
「ヴィールさん!」
『来たか!』
背中を見せていたジルがしゃがみ込むのとほぼ同じタイミングで突きが繰り出される。
真正面から受け止めようとしたディアドラだったが、体が自然と動いていた。
――ドゴンッ!
ジルよりも重い一撃がディアドラの左腕を襲い、外皮にひびが広がった。
『ぐおおっ!』
「こ、これはいったい?」
「ヴィールさん!」
「はっ!」
戦闘中であるにもかかわらず再びの困惑を見せていたヴィールだったが、ジルの声で我に返り即座に横っ飛び。
入れ替わるようにしてジルの双剣がディアドラをその場に縫い付けた。
『ちいっ! いったい、何が起こっている!』
「これは、俺だけじゃないってことか――アトラ!」
ジルの呼び掛けへの反応はどこからもない。
しかし、頭の中ではなぜかアトラが笑っているような気がした。
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