第37話:再戦

 動かなくなったジル。

 動けなくなったヴィール。

 動こうとしても体が動かないメリ。

 そんな三人に一瞥を向けた謎の魔獣は、興味を失っていた。

 視線を向けた先にはスペリーナがあり、謎の魔獣はそこに強敵がいるだろうと足を進めようとする。


「……ダ、ダメ」


 なんとか声を絞り出したメリだったが、謎の魔獣の歩みは止まらない。


「……ダメ」


 少しだけ声が大きくなったが、それでも謎の魔獣は止まらない。


「ダメ!」


 杖を構えて威嚇するものの、腕が震えてガタガタと杖が音を立てる。


『……邪魔だ』


 まるでゴミを見るかのようになんの感情もない目をメリに向けて、口を開けないようにしようと拳を握りしめる。


 ──ドンッ!


 直後、爆発が起きたかと思えば目を覆うほどに眩しい光が森の中に突如発生した。

 メリは何事かと腕で影を作り、謎の魔獣は感情のない表情から笑みを刻み、光を真正面から見つめている。

 光の発生した場所は、先ほどまでジルが倒れていた場所である。


「……な、何が……ジル、ジル!」


 ジルの名前を叫ぶメリ。

 そのすぐ後ろでは意識を繋ぎ止めていたヴィールが体を起こそうとしている。


「ジ、ジル君、ぐぐっ……あ、あれ?」


 そこで不思議なことに気がついた。

 謎の魔獣に蹴り飛ばされて激痛が身体中を襲っていたはず。

 その激痛が一切なくなり、体も普段と変わることなく動かせるようになっていた。


「……この光の、おかげなのか?」


 立ち上がったヴィールも、メリや謎の魔獣と同じように光を見つめ続ける。

 太く高く空へと伸びていた光の柱は、徐々に細くなり最後には消えてしまったが、消えた光の中心からは倒れ込んでいたはずのジルが双剣を構えて立っていた。


「……ジル……ジル!」

「ジル君!」


 メリとヴィールの呼び掛けに、ジルは笑みを浮かべて大きく頷く。

 その様子を笑みを刻んだまま無言で見ていた謎の魔獣だったが、ジルの視線がこちらを向くと声をあげて笑い出した。


『クククッ、カカカッ! 貴様、何者だ! まだまだ楽しめそうじゃないか!』

「楽しめるかどうかは分からないが、やれるだけやらせてもらうぞ!」


 お互いにタイミングを計っていたわけではない。

 それにもかかわらず飛び出すタイミングは同時であり、双剣と拳が彼我の距離の中心でぶつかり合う。

 驚いたのは謎の魔獣の方だった。


『ふはっ! ふははははっ!』

「さっきと同じだと、思うなよ!」


 ジルは双剣を振り抜く。

 先ほどよりも鋭く、重い連撃に謎の魔獣は歓喜の声をあげる。


『楽しい、楽しいぞ! 何が貴様をそうさせた!』

「黙れ! お前をここで倒してみせる!」


 双剣と拳がぶつかり合うたび、森の中には甲高い音が響いていく。

 衝撃に周囲の草木が激しく揺れ、時には破裂してしまう。

 ジルと謎の魔獣の戦いを見ているメリとヴィールは、何が起きているのかを理解することができずに困惑していた。


「ご、互角に戦っている」

「ジルに、何が起こったっていうの?」


 助けに入ろうにもその隙を見つけることができない。

 その時、ジルはさらなる驚きの行動を取った。


「──エアブレイド!」

『魔法か!』


 双剣の切っ先から放たれたのは紛れもなく魔法であるエアブレイド。

 風の刃は謎の魔獣の意表を突き固い外皮を切り裂いた。


「嘘! ジルは剣士ソードマンでしょ!?」

「あ、あり得ない。本当に、ジル君に何があったんだ? 今のジル君はまるで──」


 ヴィールの言葉の半ばで戦況は大きく動いた。

 謎の魔獣が大咆哮をあげると両手を組み振り下ろす。

 受けきれないと判断したジルは大きく後方へ飛び退くが、謎の魔獣の両拳はそのまま地面にぶつかると大きく陥没させる。

 ようやく距離が開いたことで、メリとヴィールも駆け出してジルの横に並ぶ。


「ジル!」

「ジル君、いったい何があったんだ!」

「俺にもよく分からないんです。ただ、アトラ様が俺に力を貸してくれました」

「アトラ様って、賢者ソロモンのアトラ様かい?」

「分かりません。でも、詳しくはあいつを倒してからです」


 ジルも半信半疑だった。

 しかし、自身の傷も癒えており、全く通じなかった双剣士ツインソードとしても戦えている。

 ならば、信じるしかないだろう。


「俺は、アトラ様を信じる。今の俺には、無限の可能性があることを!」

『クククッ、無限の可能性か、面白いじゃないか!』


 両手を広げて大声でそう告げる謎の魔獣。


「お前はいったい何者なんだ?」

『……いいだろう、教えてやる。我は、貴様ら人間によって召喚された魔族と呼ばれる存在の一人──ディアドラ』

「ま、魔族、だと?」


 魔族という言葉に反応を示したのはヴィールだった。

 ジルとメリは聞いたことのない言葉に視線を逸らせずとも困惑している。


『あいつらは、我を御せると思っているようだが……カカカッ、楽しいことが無くなれば、我はあいつらで楽しむのだがなぁ』

「……黒幕が、いるのか?」

『おっと、話し過ぎたようだな。だが、構わないだろう。貴様たちは、我が殺すのだからな!』


 不敵に笑ったディアドラは空めがけて雄叫びをあげると、ジルへと突っ込んできた。


『我をもっと楽しませろよ!』

「負けてたまるか!」


 互角の戦いをしていたジルとディアドラ。

 しかし、次の激突ではそうはならなかった。

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