第34話:アトラの森

 三人はアトラの森に入ってからも魔獣と遭遇しているが、ジルとヴィールが前衛で押し止め、メリが魔法で一気に数を減らしていく。

 森を燃やすことはできないので火属性魔法はなるべく控えているものの、それでも威力は十分であり順調に奥へと足を進めていた。


「頭の中に直接語り掛けてきたのかい?」

「はい。おかしな話なんですけど」


 自分でもおかしな話だと思っているジルは隠すことなく事実を告げていく。

 迫るゴブリンナイトを一撃で仕留めながら、ヴィールはアトラの森の成り立ちを思い出していた。


「……アトラがこの森を作り出してくれたからこそ、スぺリーナはここまで大きくなったと言っても過言ではない。なら、どうしてアトラはこの場所に森を作り出したのか?」

「何か、あるんですか?」


 ヴィールの隣で呟きを聞いていたジルの質問に、前置きをしたうえで答えていく。


「これもおとぎ話なんだけど、アトラの森のどこかに祠があると言われているんだ」

「祠、ですか?」

「うん。その祠を守るために、アトラは森を作り出した。アトラの森はこの地を豊にするために作られたものではなく、その祠を守るために作られたものと語っているおとぎ話もあるんだ」

「その祠というのは、どういったものなんですか?」

「なんでも、神様を祭っている祠だとか。でも、それなら他にもたくさんあるし、教会でも神様を祭っているわけだから特別感はそこまで大きくないんだよね」


 神様を祭っている。それ以外にも何かあるのではないか。

 ジルは初めて聞く話ではあったが、何故かそう感じてしまった。

 聞こえてきた謎の女性の声が関係しているのか、それともそれ以外の何かなのか。

 とにかく、アトラの森の奥に向かえば何かが分かるだろうとジルは考えている。


「それにしても、この先で本当にあっているのかい?」

「そうだと思います。確信があるわけじゃないんですが、こっちに行く必要がある気がするんです」

「分かった、信じよう」

「……あの、ヴィールさん」


 元気のない声を漏らしたジルにヴィールは心配そうに顔を向ける。


「どうしたんだい?」

「……どうして、俺のことを信じてくれるんですか? 昨日会ったばかりの俺のことを」


 冒険者になったばかりのよそ者。たまたまヨルドに襲われていたことから協力をお願いされた立場ではあるものの、これだけの異常事態にあって簡単に信じていいものではないはず。

 それも危険に身を晒すような行動を取っているジルのことをすぐに信じてくれているヴィールに感謝をしつつ、何故なのかという疑問が頭に浮かんでしまう。


「僕に似ているっていうのも理由の一つだけど、一番の理由はリザの同郷だからってところかな」

「……えっと、それだけですか?」


 予想外の答えにジルは首を傾げてしまう。

 だが、その後の言葉を聞くと納得の理由だった。


「……実は、僕とリザは付き合っているんだ」

「えっ! そ、そうだったんですか? リザ姉、そんなこと一言も言ってなかったのに」

「ヨルドの件が片付くまでは隠しておこうって話をしていたんだ。ヨルドもリザのことを狙っていたみたいだからね」

「でも、あの人は誰彼構わずって感じがありますよね?」

「そうだね。だけど、付き合っていることを知られるとリザに何をしでかすか分からなかったし、リザは僕のことを心配していたんだ」

「ヨルドが、ヴィールさんを襲う可能性もあったってことですね」

「まあ、そういうことかな」


 リザの情報を得るためにジルとメリを襲ってきたヨルドである。

 そんなリザとヴィールが付き合っていると知れば、ヴィールの懸念が的中していた可能性は高かっただろう。


「ジル! ヴィールさん!」


 その時、少し離れたところからついて来ていたメリから声が掛けられたことで二人は立ち止まる。

 話に夢中になっていて気づかなかったが、明らかな異常がアトラの森を包み込んでいた。


「……魔獣が、いない?」

「さっきまでの群れはどこに行ったんでしょう?」

「なんだかおかしいよ。息苦しいし、こんなこと今までなかったよ?」


 話ながらも魔獣を倒していたし、魔法で一掃もしていたのだが、少し前から出てきていない。

 周囲には死体もなく、この一帯だけ魔獣がすっぽりといなくなっていた。


「……メリちゃん、下がっていろ」

「どうしたんですか?」

「それとジル君、双剣士ツインソードじゃなくて剣士ソードマンとして戦ってくれ」

「何か、いるんですね?」


 気配察知からゆっくりと近づいてくる魔獣の存在に気がついたヴィール。

 だが、その気配は今までの魔獣とは異なり圧倒的な存在感を放っている。

 剣士用の剣を手にして気配察知を行ったジルはその存在感に気づいた途端、全身から一気に汗が噴き出してきた。


「こ、これって!?」

「あぁ……ゴブリンナイトとは比べられない程の実力差を持った、強敵だね」


 槍を握るヴィールからも汗が噴き出している。

 翡翠ヒスイ等級の実力を持つヴィールがここまで警戒する相手が迫ってきているという事実に、ジルは剣を持つ手に自然と力が入った。


『——ようやく二人目か』

「「「——!」」」


 姿を現した謎の魔獣。

 その口から発せられた人語に驚愕しながらも、三人はすぐに戦闘態勢を取った。

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