第33話:遭遇
――ヨルドは誰の目も届かないところで巨大なハンマーを振り回して魔獣をすり身にし、アトラの森のいたるところに血の海を作り出していた。
魔獣の群れが、上位の魔獣が現れても片っ端から叩き潰しているヨルドの表情は嬉々とした笑みを刻んでいる。
「あーはははははっ! 何がアトラの森は神聖だ! これほどの魔獣を隠していたのだから、神聖も何もあったものじゃないな!」
ヨルドは小さい頃から父親であるギルドマスターにアトラの森の素晴らしさについて耳が痛くなるほどに聞かされ続けてきた。
スぺリーナを築くうえで重要な森なのだと、
だからこそ、ヨルドはアトラの森が大嫌いだった。
「何が賢者だ、何がアトラだ! すでにいない人間を敬って何になるんってんだよ! この森の真相を突き止めて、俺が一番だってことを認めさせてやる、そして俺がギルドを支配してやるのさ!」
アトラの森が神聖であること、そして賢者アトラの功績はヨルドだけではなくスぺリーナで暮らす大人たちも、そしてその子供たちも聞かされていることである。
特別ヨルドだけが言われているということもないのだが、ヨルドにはそのことがとても嫌で嫌で仕方がなかった。
だからヨルドは壊すのだ。
アトラの森を、アトラが残した功績を。
アトラの森を魔獣の血で染めてしまえば、その神聖さにも陰りが差すだろうと考えてハンマーを振り回し続ける。
そして――ヨルドは出会ってしまった。
ゴブリンナイトやトレントとも異なる異形の魔獣に。
「……これが、魔獣を出現させている元凶か?」
『……』
「てめえ、何か言ったらどうなんだ? ほら、咆えてみろよ!」
『……』
魔獣にも聴覚は存在している。だからこそ物音を聞きつけて魔獣が集まってくるのだ。
目の前の魔獣にも当然ながらヨルドの声は聞こえているのだが、一向に反応を示そうとはしない。
その態度がヨルドの癇に障った。
「……てめえ、ぶち殺してやる!」
ハンマーを肩に担いだまま一瞬で魔獣を間合いに捉えたヨルドは渾身の振り下ろしを脳天へ叩き込んだ。
ハンマーの質量も相まって
「なあっ!」
『……』
魔獣は何もしていない。ハンマーは確かに脳天を捉えていた。
それにもかかわらずハンマーは謎の力に弾き返されてしまい、ヨルドの腕は衝撃で軽い震えを起こしている。
何が起こったのか理解できないヨルドは一度距離を取るために飛び退いた。
『……逃げるのか?』
「ま、魔獣が喋っただと!?」
人語を介すはずのない魔獣からの言葉に、ヨルドの思考はついていけなくなっていた。
目の前の魔獣に集中しなければならない。何がハンマーを弾き返したのかを考えなければならない。
そう思っていても、魔獣が喋るというあり得ないことがヨルドの思考を支配してしまった。
『……つまらん』
「何を言って――ぐおっ!」
十分な距離を取ったはずなのだが、今度は魔獣が一瞬でヨルドを間合いに捉えていた。
動き出しの予兆すら見つけることができなかったヨルドだが、間一髪魔獣の拳をハンマーで防ぐことに成功していた――だが。
――バキッ!
「がはあっ!」
硬質なミスリル製のハンマーの柄がいとも容易く折れると、拳はそのままヨルドの左わき腹にめり込んだ。
木の枝を折り、地面を跳ね、巨大な岩にぶつかると大きなヒビが広がると共に破片が周囲に散乱する。
臓器を損傷したのだろう、その場で崩れ落ちたヨルドの口からは真っ赤な血が大量に吐き出された。
「はあ、はあ、はあ……な、何が……てめえ、何者だぁ……」
自分の血で濡れた地面に頬をこすりつけながら、ヨルドは異形の魔獣を睨みつける。
魔獣はヨルドへの興味を失ったのか、軽く一瞥をくれただけで視線を別のところに向けた。
その視線の先には――スぺリーナがあった。
「……てめえが、スぺリーナを壊すつもりか? あそこは、俺が支配する、都市なんだよお!」
折れたハンマーの柄を杖代わりに立ち上がろうとしたヨルドだったが、血で濡れた地面がずるりと柄を滑らせてしまい再び地面に突っ伏してしまう。
異形の魔獣はヨルドを見ることなく一歩、また一歩とスぺリーナへ向けて歩いて行ってしまった。
「……くそがあ、俺様が、こんなところで、死ぬわけが――」
「いや、お前は死ぬんだ、ヨルド・ボールドウィン」
何とか命を繋ぎ止めていたヨルドの頭上から聞き覚えのない男の声が降り注いできた。
「……てめえは、誰だ?」
「冥途の土産に教えてやろう。この魔獣の群れを作り出し、あの魔獣を生み出した者だ」
「て、てめえが! 絶対にぶち殺して――」
「死ぬのはお前だ」
血走った目で男――トレインを睨みつけていたヨルドだったが、頭蓋を踏み砕かれたことで繋ぎ止めていた命は一瞬にしてこと切れてしまった。
「……ヨルドでこの程度だったか。残る障害は年老いたギルドマスターのみ……勝ったな」
トレインはそう呟きを残すと、ヨルドの死体をそのままにして姿を消してしまった。
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