第32話:謎の声
最前線で魔獣と対峙していたヴィールは、ジルだけでなく
「二人とも、どうしたんだい?」
「実は、アトラの森の奥に行ってみたいんです」
「この状況を見てそう言っているのかい?」
話をしながらもヴィールとジルはゴブリンやブラウドを斬り捨てていく。
メリも魔法でまだ遠くにいる魔獣を一掃していく。
「実は、女性の声が聞こえたんです」
「この戦闘の最中にかい?」
「俺もおかしいと思っているんです。だけど、何故だか無視できないっていうか……すみません、はっきり言えなくて」
ジルの言葉は自分で言っているように荒唐無稽な話である。
メリも言っていた通り女性の声など誰も聞いていない。ジルの頭の中に直接流れ込んできたとなればなおさら他の人には信じられない話だ。
「……分かった。だけど、僕もついて行こう」
「でも、それだとこの場が――」
――ギャアアアアアアッ!
ジルの心配の声を遮り、アトラの森から今までとは異なる雄叫びが聞こえてきた。
ゴブリンやブラウドといった弱い魔獣とは異なる強者の雄叫びは、ジルたちの近くにいた魔獣の動きを止めて強者へ道を譲ろうと後退っていく。
その場にいた全員が声のしたアトラの森を見つめていると――ゴブリンナイトやトレントといった上位の魔獣が大量になだれ込んできた。
「う、嘘だろ!」
「こんなの、私たちじゃあ無理よ!」
原石等級の冒険者たちが悲鳴にも似た声を上げて後退り、その場で膝を折ってしまう。
衛兵たちも武器を握る手が震えている者が大半を数えていた。
「……これじゃあ、森の奥に行くなんて――」
「いや、行けるさ」
「えっ?」
ブレイドが双剣を握りしめようとした直後、ヴィールは確信を持って行けると口にした。
目の前の状況は先ほどジルが森の奥に行きたいと言った時とは明らかに異なっており戦況はスぺリーナ側完全に不利なのだ。
しかし、ヴィールの言葉を確信にするかのように謎の雷撃が空から魔獣の群れに降り注いだ。
轟音と共に魔獣が焼け焦げ、粉々になって吹き飛び、恐怖の波は跡形もなく消え去っていた。
「……な、何が起こったんだ?」
「……今のは、魔法なの?」
「全く、あの人は本当に規格外だな――ギルドマスター」
「「ギ、ギルドマスター!?」」
スぺリーナを覆う外壁を見上げていたヴィールの視線を追った二人が見たものは、長大な槍を手にして雷を纏うギルドマスターの姿だった。
「挫けるな! スぺリーナを守護する者たちよ! 今も多くの冒険者たちが原因究明のために戦っている! 彼らの帰る場所を守るため、我らの大切な者を守るために戦うのだ!」
原石等級の冒険者たちを、衛兵たちを鼓舞するギルドマスターの体から雷が膨れ上がりバチバチと音を立てているのがジルたちのところまで聞こえてくる。
一掃された魔獣も再びアトラの森から姿を見せてきたところで、ギルドマスターが槍を天高く突き上げた。
――ゴオオオオオオッ!
青白い雷光が雲を突き抜けて昇って行ったかと思えば、魔獣の群れに一秒と待たずに降り注いでいく。
再びの轟音が、挫けそうになっていた原石等級の冒険者たちを、衛兵たちを再び立ち上がらせた。
「ま、まだやれるぞ!」
「わ、私たちだって冒険者なんだから!」
「俺たちもスぺリーナを守るために戦うんだ!」
いたるところから力みなぎる声が響き渡り、目の前の魔獣を倒していく。
ギルドマスターの姿がこの場にいる全員の希望になっているのだ。
「ギ、ギルドマスターって、いったい何者なんですか?」
「あの人は元
「エ、翠玉って、七等級あるうちの上から二番目にすごい等級じゃないですか!」
「だからこそ一つの都市でギルドマスターの地位に就けているんだけどね」
三人がギルドマスターを見ていることに気がついたのか、ギルドマスターも三人を見つめながら大きく頷いている。
ジルたちがアトラの森に入ろうとしていることを察していたのだ。
「まあ、こういうことだから僕も一緒に森の中に向かうよ」
「……最初からギルドマスターが出てきてくれてたら楽だったんじゃ?」
「……そうだよね。私たちが押し掛けたとはいっても、その前から魔獣の襲来はあったわけだし」
「いや、そう簡単なことでもないんだよね」
ヴィールがギルドマスターを見つめる表情は冒険者ギルドの時とは異なり、少しだけ柔らかくなっているようにジルは感じていた。
「……話は向かいながらにしよう。時間がもったいないからね」
「分かりました。メリも大丈夫か?」
「大丈夫、ついて行くわ!」
三人はギルドマスターに頭を下げると、そのままアトラの森へ駆け出した。
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