第26話:ジルの気持ち

 ――バンッ!


 髭面の男性が机を叩き怒りを露わにしていた。


「これでも犠牲者なしかよ! やっぱり回りくどいやり方なんてしねえで俺様がぶっ殺しに行った方が早えだろ!」

「落ち着けブロス。俺たちが表舞台に出るにはまだ早すぎる」

「そうは言ってもトレイン。私たちの策はことごとく失敗しているのよ?」

「ノラの言う通りだぜ! こんなちんたらやるよりも絶対に早いだろうが!」


 今にも三人がこもっている部屋を飛び出していきそうなブロスに溜息をつきながらトレインが口を開く。


「落ち着けと言っている。今回は魔獣を誘導できると分かったのだから問題ない」

「それだけじゃあ意味がないだろう! スペリーナの戦力を削ると言っているのに、それができていないんだぞ? チマチマやっているせいでな!」


 イライラが収まらないブロスに頭を抱えながらもトレインは今後の方針を口にする。


「次はブラウドではなく、より上位の魔獣を誘導できるか試す。これならば、多少は戦力を削ることもできるだろう」

「まだこんなことをやるのかよ……ちっ!」

「まあ、私は楽をしたいから別にいいのだけど。失敗さえしなければね」

「問題はない。もし、上位魔獣の誘導ができなければ……その時はようやく俺たちの出番になるのだからな」


 不適な笑みを浮かべるトレイン。

 ブロスも最後の言葉を受けてようやく納得したのか体を背もたれにドカッと預ける。

 ノラはいつもと変わらない余裕の笑みを浮かべたままだ。


「あわよくば、ヨルドが死んでくれればありがたいんだがな」


 そう口にしたトレインの視線は、やはり窓の外に浮かぶ月を見つめていた。


 ※※※※


 ブラウドの群れが掃討されるとすぐにアトラの森の調査が始まった。

 これは冒険者が主体になるため、まずはギルドに状況が報告されると、ギルドから緊急依頼として等級の高い冒険者に声が掛けられる。

 状況によっては強制依頼に格上げされることもあるが、今回は魔獣の群れがブラウドだったこともあり緊急依頼止まりだった。


「お疲れ様です、ヴィールさん」

「君たちもね。それにしても、どうして都市の近くに魔獣が現れたんだろうね」

「俺たちも驚きました。何かおかしなことが森の中で起きてるんでしょうか」

「アトラの森は神聖な場所だから、おかしなことが起きるとは考えにくいんだけどなぁ……まあ、その辺りは冒険者たちの調査待ちになるだろうね」


 ブレイドの隣に立って燃えていくブラウドの死骸を眺めている。

 魔法を使っているのはメリで、休んだ分は働きたいと申し出てくれたのだ。


「そういえば、ジル君は剣士ソードマンなんだよね? どうして双剣を使っているんだい?」


 そして、ヴィールからは当然の疑問が口にされる。

 ジルも覚悟の上で双剣士ツインソードとして戦ったのだから、ありのままを説明した。


「その、俺は剣士としての自分が嫌なんです」

「嫌って、天職なんだろう?」

「……はい」


 心臓が大きく音を立てる。

 この後の言葉によって、ヴィールがジルのことをどのように見るのかが決まってしまう。

 認めてくれるのか、それとも神を裏切る異端者となるのか。


「……ふーん、そっか」

「……えっ?」

「んっ? どうしたんだい?」

「いや、あの、変なやつだとか思わないんですか?」


 父親であるラインハルトにすら軽蔑された行為を、まさか一言で流されるとは思わなかったけどジルは確認の意味で問い掛けた。

 すると、ヴィールは苦笑しながら理由を教えてくれた。


「僕の若い頃は同じようなことを考えていたよ」

「そ、そうなんですか?」

「僕の天職は槍術士ランサーで、剣士と同じ三級だからね。だけど、ジル君みたいに他の職業を試すことはできなかったな」

「……やっぱり、試すなんて変ですかね?」

「うーん、どうかなぁ。僕は変だとは思わないけど、親はそうは思わないかもね」


 親は、と言われてジルはなぜなのか気になってしまった。


「どうして親はそう思わないんですか? その、子供の思いを応援するって気持ちにはならないんですかね?」

「そう思ってほしいのは本人の気持ちだよね。だけど、親からするとそんな危ないことをしてほしいとは思わないんじゃないかな」


 そこまで言われて初めてラインハルトとリアナの気持ちを考えるに至った。

 剣士以外を試すということは死と隣り合わせである。ジルはその事を理解して試そうとしていたが、二人からするとなぜそんな危険なことを、と疑問に思うことだろう。

 怒鳴り声を上げても止めたいと思うのは、親心として当然のことだった。


「……俺は、やるからには死ねないってことですね」

「そうだね。ジル君が死んでしまったら、親は悲しむだろうから。それにメリちゃんもね」

「……はい」


 二人の視線の先ではブラウドを燃やし終えたメリが大きく手を振っている。

 ジルも手を振り返して応えると、ヴィールに向き直り感謝の言葉を伝えた。


「ありがとうございます。実は少し悩んでいたんです。このまま挑戦していいのか、剣士として生きていくのか。でも、だいぶ吹っ切れた気がします」

「僕と話すだけで何かが変わったならよかったよ」

「……あの、ヴィールさん。もし何か事を起こすとかあれば、何か役に立てることがあったら言ってくださいね」

「……ありがとう。でも、そうならないことを祈っていてくれ」


 二人の会話はそこで終わった。

 メリが戻ってきたことと先発隊の冒険者がやって来たこともあり、ジルとメリは先にスぺリーナへ戻ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る