第21話:ヨルド・ボーヴィリオン

 ヨルドはハンマーを片手で軽々と持ち上げると肩に担いで二人に近づいていく。


「な、何か用ですか?」

「んっ? あぁ、警戒しなくてもいいんだよ。俺はたまたま通り掛かっただけだからね」

「たまたま、ですか?」

「そう、たまたま」


 ニコニコと笑いながらも、その瞳は笑っていない。ジルにはそう見えてしまう。

 一方のヨルドはジルの警戒を気にすることなく話を続けていく。


「ゴブリンなんてザコを相手にするよりも、もっと強敵を相手にしないのかい?」

「俺たちはまだ原石げんせき等級なので一歩ずつ進んで行きます」

「原石だからってザコを相手にする必要はないじゃないか。君は双剣士ツインソードなんだろう? それに女の子は高魔法師ハイマジシャンみたいだしね」


 ジルが手にしている双剣を見て、ヨルドはジルの天職を勘違いしていた。

 ここで剣士ソードマンなのだと告白することもできたが、父親にまで怒鳴られた天職を拒否する行為に何を言われるか分からないことから、ジルはあえて明言を避けて話を進めていく。


「いえ、俺たちは一歩ずつ進みます」

「ふーん……女の子もそうなのかい?」

「わ、私もジルと一緒に進みます」


 怪訝な表情を浮かべているヨルドだったが、すぐにニコリと笑みを浮かべて別の話題を振ってきた。


「そうそう、君たちはリーザちゃんと同郷なんだってね。昔のリーザちゃんってどんな感じだったんだい?」

「……それを俺たちに聞く理由はなんですか? リザ姉に直接聞いた方が速いと思いますよ?」

「だから警戒しないでいいんだって。それに、俺が聞こうとしても昨日みたいに逃げちゃうから聞けないんだよねー」

「そ、それはヨルドさんが色々な女の子に声を掛けているからじゃないですか?」

「えぇー、俺のせいだって言いたいの?」


 メリの発言に笑みを崩さずに否定を口にしたヨルドなのだが、その表情を見たメリは寒気を感じていた。


「……教えてくれないのかい?」

「勝手に教えていいことでもないでしょう」

「ふーん……そっかー……」


 このまま去ってくれるのか、そう思っていた二人なのだが――


「だったら――聞き出すまでだね」

「なあっ!」


 ヨルドは何を思ったか、ハンマーを振り上げてジルに襲い掛かってきた。


「あんた、何をやってるんだよ!」

「何って、真珠パール等級が原石等級に冒険者として指導しているんだよー」


 軽い口調で話ながらもハンマーを振り下ろしてきたヨルド。

 大きく飛び退いて回避したジルだったが、先ほどまで立っていた地面はハンマーの威力によって大きく陥没している。


「指導って、殺す気かよ!」

「殺されたくなかったら君が知っていることを全て教えてくれよー」

「め、めちゃくちゃだな!」

「ジル!」

「離れていろ、メリ!」


 ジルが手に握るのは双剣。

 本来の天職とは違う装備を手に真珠等級とどこまで渡り合えるのか。ヨルドが本当にジルを殺そうとしているのであれば最悪の結果だって考えられる。

 メリは離れているものの、隙あらば魔法で援護する心構えだった。


「女の子を逃がそうっていうのかい? 君は男だねー」

「なんでこんなことをするんだ!」

「だから言っただろう? 俺はリーザちゃんのことが知りたいだけなんだよー」


 淡々と話すヨルドにイラつきながらも、自分が勝てる相手ではないと理解しているジルは反撃を一切捨てて回避することに専念する。一撃が重いヨルドの攻撃を受けることもできないという判断だった。


「こんなことをしている奴に教えるわけがないだろう!」

「またまた冗談を。最初から教える気なんてないんだろう?」

「分かってるなら引けよ!」

「嫌だね。俺は――舐められるのが嫌いなんだよ!」


 今までずっと表情を崩さなかったヨルドだが、ここに至り下卑た笑みに変化した。

 ゾッとする表情にジルの背中には大量の冷汗が溢れ出す。

 メリも何とか反撃の隙を伺っていたのだが、ヨルドの表情を見た途端に諦めた。


「さあさあ! もっと必死に逃げてくれよー! そうじゃないと面白くないじゃないかー!」

「くそっ! こいつ、速い!」


 巨大なハンマーを操りながらもジルよりも速く動き続けるヨルド。

 ヨルドの天職は二級の重戦士ヘビーウォーリアである。ハンマーだけではなく大剣や長槍といった重量のある武器を扱うことでその真価を発揮する。

 二級の天職を相手にして、天職以外の職業で戦っているジルが張り合えるはずがない。

 ならば何故ここまで耐えきれているのか。それはヨルドが手を抜いているからだ。


「もう少し速くするぞー! 逃げ切れるかなー?」

「くそ――があっ!」

「ジル!」


 ハンマーの横薙ぎに左肩が掠めてしまう。

 ただ掠めただけの一撃なのだが、ジルの体を軽々と吹き飛ばすと地面を何度も跳ねて転がっていく。

 ヨルドが好んでハンマーを使用している理由には武器自体の重量が関係している。


「くくく、痛いだろう? ただ掠っただけでこのダメージだ。それに君をすり身にすることも簡単なんだよ?」

「ぐっ、くそったれが!」

「まーだそんなことを言えるんだねー。……そろそろ終わらせるか」


 ヨルドの下卑た笑みがさらに濃くなり、ジルの死が少しずつ近づいていく。


「——ファイアボール!」


 そこに響いてきたのはメリの声。

 ただ、ファイアボールはヨルドを狙ったものではなかった。


 ――ドンッ! ドンドンッ!


「……考えたねー。君から殺しておくべきだったかー」


 メリが放ったファイアボールは三人の遥か頭上で爆発していた。


「こ、これですぐに誰かが駆けつけてくれますよ!」

「……仕方がない。今日のところは引いてあげよう。ただし、君たちがスぺリーナで何を言おうとも誰も信じないよ」

「ど、どういうことだ?」


 ジルの質問に、ヨルドは最初に見せていた笑顔を浮かべて答えを口にした。


「原石等級の発言と、真珠等級の発言の重さは違うってこと。それに俺はスぺリーナで一番の実力者だ。そんな俺を貶めようとする奴は多くいたが、結果的に全員が俺の味方になってくれた。だーかーらー! 君たちが本当のことを言ったとしてもだーれも信じてくれないってことだ!」

「「——!」」

「それじゃあね。君たちのこれからの冒険者稼業を応援しているよ。まあ、スぺリーナにいる間は気をつけることだねー」


 背を向けたヨルドを見つめながら、二人はスぺリーナから衛兵がやってくるのを待つことしかできなかった。

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