第20話:薬草と魔獣

 翌日、ジルとメリは朝一番で冒険者ギルドへ向かった。

 昨日と同じく冒険者の姿はまばらで、ボードにも人は少ない。

 ただ、二人は依頼をそのまま受けるわけではないのでボードには立ち寄らずエミリアに声を掛けた。


「おはようございます。ジルベルト様、メリル様」

「おはようございます。今日は薬草採取をしながら魔獣狩りをしようと思います」

「それで、背負いかごを借りたいんですがいいですか?」


 ジルが挨拶をした後にメリがお願いを口にする。


「もちろんです!」


 対するエミリアの返事がとても嬉しそうだったので二人は顔を見合わせる。

 その様子を見たエミリアは苦笑しながら理由を教えてくれた。


「実は、職員の間ではお二人がスペリーナを離れて別の都市で活動をするんじゃないかって話が出ていたんです」

「そうなんですか?」

「昨日のようなことがあっては仕方がないんですよ。ですが、お二人はまたこちらに来てくれました……ありがとうございます」


 カウンター越しに頭を下げてくるエミリアに二人は慌てて顔をあげるように声を掛けた。


「あの! 俺たちは気にしてませんから安心してください!」

「そ、そうですよ! ここには知り合いもいますし、しばらくは離れるつもりもないんですから!」

「……ありがとうございます。それに、お知り合いがいるのですね。もしよろしければご挨拶に伺いたいのですが、教えていただくことはできますか? もちろん、お相手の方に確認をされてからでも構いませんので」


 挨拶と聞いて、二人は昨日のリザの怒りっぷりを思い出していた。

 ギルド職員と顔を合わせたリザがどうなるかを考えた結果──


「「え、遠慮します!」」

「えっ! あの、それはどうしてですか?」

「「どうしてもです!」」


 絶対にエミリアがただではすまないと判断した二人はその場で断りをいれると、背負いかごを借りると駆け足でギルドから出ていってしまった。


「……えっと、えっ?」


 理由が分からないエミリアだけが、右手を入口に伸ばしたまま固まっていた。


 ※※※※


 門を出てしばらく行ったところで立ち止まった二人は息を切らしていた。

 ここまで逃げなくてもよかったのだが、スペリーナの外に出なければ落ち着けないと勝手に思ってしまった。


「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅー」

「ちょっと、ジル、逃げ過ぎだよ」

「ご、ごめん。でも、どうせ外に出る予定だったしいいじゃないか」

「……まあね」


 そこまで責めるつもりもなかったメリもすぐに頷いて気を取り直す。


「アトラの森って、冒険者アトラが作ったんだよな」

「そう言われているね。天職は賢者ソロモンだったっけ?」

「やっぱり、一級のさらにその上の天職はすごいよな」


 ここまでの偉業を成し遂げることはできなくても、ジルも語り継がれるような偉業の一端だけでも担いたいと思ってしまう。

 アトラの森を見つめながら、ジルの手を自然と双剣の柄に触れていた。


「……よし! 薬草採取だ!」

「ジル……うん、そうだね!」


 ジルが挑戦している双剣士ツインソードは二級の天職で、賢者や暗黒騎士ダークナイトのように一級の天職ではない。

 結局のところ、今のままでは上手くいったとしても偉業の一端すら担えるかどうかといったところなのだ。

 それでも、今のジルは一歩ずつ進むしかない。それが上手くいくかどうか分からないことであっても、道の先に何もないかもしれなくても、進むしかないのだ。


 アトラの森にはゴブリンとブラウドが主に生息している。

 どちらも原石げんせき等級が一人でも倒せるくらいに弱い魔獣なのだが、稀に珊瑚コーラル等級以上から討伐対象となる魔獣が現れることもある。

 ただし強い魔獣はアトラの森の奥深くまで行かなければ出てこないので二人とも気楽なものだった。


「おっ! ゴブリンが三匹だな」

「ジル、すごいね。私にはさっぱり分からないよ」


 ジルは気配察知を駆使して魔獣の居場所を把握し、不意を突いて確実に討伐していく。

 しかし、この気配察知も剣士として活動している時にしか効果を発揮せず、双剣士として活動している時にはジルにもさっぱりだった。


「うーん、剣士で気配を察知して、倒す時は双剣士って、あんまり意味がない気がするなぁ」

「そうかな? 実際に魔獣と対峙しているわけだから経験にはなっているんじゃないの?」


 そう口にしながらも二人の手は動いている。

 ゴブリンの位置を手信号で教えていたジルは双剣を握ると、メリの魔法を合図に飛び出した。


「エアブレイド!」

『ゲヒアッ!』

「はあっ!」

『ゴブフアッ!』


 それぞれの攻撃で一匹ずつ絶命させた二人は、逃げ出そうとしていた残る一匹を仕留めるために駆け出そうとした──その時である。


『ゲビッ!』

「ひっ!」


 思わず悲鳴をあげてしまったメリだったが、それも仕方ないかもしれない。

 残る一匹のゴブリンは巨大なハンマーの一撃で全身を潰され、血溜まりの中ですり身になってしまっていた。


「──やあやあ、確か君たちはリーザと一緒にいたよね?」


 ハンマーの使い手はリザを追い掛け回していたスペリーナ一の冒険者、ヨルド・ボーヴィリオンだった。

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