第14話:謎の女性
何が起きたのか把握できずにいると、頬に生暖かい何かが付着していることに気がついて拭い取る。
「……血?」
木々の隙間から差し込む光に照らし出されたのは赤黒く染まった何かの血。
ハッとしたジルはゴブリンナイトて視線を向ける。
聞こえてきた絶叫は二つ。ゴブリンナイトは三匹いたはずだ。
「……く、首が、ない?」
一匹のゴブリンナイトの首が刎ねられており、その断面から赤黒い血がドロリと溢れだしている。
残る二匹のゴブリンナイトも剣を握っていた右腕が落とされており、ジルの横には二本の腕が転がっていた。
「あ、あなたは──」
「ふっ!」
ジルの呼び掛けを遮り、女性は気合いを吐き出しながら駆け出すと漆黒の剣を振り抜く。
「速い!」
あまりの速さに視認することができず、気づいた時には二匹目のゴブリンナイトが声をあげる暇もなく肉塊に変わり果てた。
勝てないと悟ったのか、残る一匹が洞窟の奥に逃げ出そうとしたのだが逃がす理由はどこにもない。
「これで、終わり」
『ゴブフッ! ……ゴブフアアアアアアッ!』
突き立てられた漆黒の剣。
女性はそのまま切り上げていくと、ゴブリンナイトは体内から肉と骨と臓器を切り裂かれながら断末魔の叫びを発して絶命した。
ジルはここでようやく気がついた。
女性が身に纏う鎧が全身漆黒であること。
そして、女性の長い髪だけが漆黒とは対照的な輝きを放つ金髪だということに。
「──ジル!」
そんなことを考えていると、ジルは聞き慣れた声が名前を呼んでくれていることに気がついた。
「メ、メリ!」
「よかった、生きてた! 大丈夫? ねえ、怪我を見せて!」
「だ、大丈夫だよ。こちらの方が助けてくれたんだ。……あれ? メリはどうして戻ってきたんだ?」
メリは助けを呼ぶためにスペリーナへ向かっていたはず。どれだけ急いだとしてもまだまだ時間は掛かるはずだ。
「戻っている途中でこの方と遭遇して、事情を説明したら助けてくれたんだよ」
「そうだったのか……あの、助けてくれてありがとう──」
「無理しちゃダメ」
立ち上がりお礼を言おうとしたジルを制止して金髪の女性は剣を鞘に戻す。
「あの、本当にありがとうございました! 私はメリル・ブライトと言います!」
「お、俺はジルベルトです」
「……私は、ミリア・マルリード」
ミリアは洞窟の奥に視線を向けると、おもむろに右手をかざす。そして──
「シャドウバイス」
魔法名を唱えた直後、洞窟の中に漆黒の狼が五匹現れた。
「洞窟の中の魔獣を討伐してくること」
五匹の漆黒の狼は一つ頷くと、そのまま奥へと駆け出していった。
ジルも、そして
二人の視線に気がついたのか、ミリアはぼそりと呟いた。
「えっと、
「は、初めて聞きました!」
「あまりない魔法だから」
メリの興奮した声にミリアは視線を逸らせながら答えていく。
一方のジルは体を動かすのが辛いため、近くの木に体を預けている。
すると、ミリアがゆっくりと近づいていき腰の鞄から小瓶を取り出すとジルに差し出した。
「……ポーション、使って」
「で、でも、ポーションは高いって聞いてます。その、俺たちあまりお金がなくて」
「大丈夫。私はポーションを使えないから」
「……えっ?」
ポーションが使えないなどと聞いたことがないジルはキョトンとしてしまう。
だがミリアが嘘をついているとも思えず、差し出された手もそのままになっているのでジルはポーションを受け取ることにした。
「あ、ありがとうございます」
「うん」
言葉少なに会話を終わらせたミリアは再び洞窟の方へ視線を向ける。
しばらくは無言が続いたものの、洞窟に放たれた漆黒の狼が五匹全員戻ってきた。
そして、そのうちの一匹がジルが落とした剣を咥えて戻ってきていた。
「あっ!」
「……これ、君の?」
「は、はい」
「そう」
漆黒の狼からミリアが剣を受け取ると、五匹が全て影の中に消えてしまった。
「これ、返すね……あれ?」
「あっ……えっと、その……」
ミリアが感じた疑問、それは双剣を持つジルがなぜ剣を持っているのか。
ジルがどう説明するべきか悩んでいると、ずっと無表情だったミリアは微笑を浮かべながら剣を手渡した。
「……頑張ってね」
「……えっ?」
「私はもう行くね」
すぐに無表情に戻ったミリアは踵を返す。
「あの! このゴブリンナイトは?」
「報告は任せる」
ここでも言葉少なに会話を終わらせると、ミリアは今度こそ洞窟から離れていった。
残された二人はどうするべきか迷ったのだが、ゴブリンナイトの存在を伝えなければならないこともあり討伐証明となる部位を切り取ると、メリがその場で魔獣を燃やした。
「……生きていてくれて、ありがとう」
「……助けを呼んでくれて、ありがとな」
お互いに感謝を口にして、二人はスペリーナへと戻っていった。
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