第13話:ゴブリンナイト

 一匹でも珊瑚コーラル等級以上と言われているゴブリンナイトが三匹となれば、それは翡翠ヒスイ等級に値する難易度に格上げされる。

 原石等級の二人では到底達成できない依頼であった。

 ジルはそのままの体勢でゆっくりと後退、メリのいるところまで戻っていく。

 音を立てないよう、足元に細心の注意を払いながら。


 ──パキッ!


 だが、ジルの注意とは別のところで音は洞窟内に響いてしまう。

 振り返ったジルが見たもの、それは──メリの後方で赤い目を光らせたゴブリンだった。


『ゴブリャアアアアアアッ!』

「くそったれ!」


 なりふり構わず駆け出したジルは双剣を抜き放ち警戒の声をあげたゴブリンを斬り刻む。


「メリ──走れ!」

「うん!」


 メリを追い越してゴブリンを肉塊に変えたジルは振り向きながら声をあげたのだが、メリの後方からはゴブリンナイトが姿を現していた。

 右手に剣を、左手に盾を持つゴブリンナイトは普通のゴブリンよりも二回りほど大きい体躯をしている。

 さらに重装備であるにもかかわらず動きは機敏で、複数のゴブリンナイトと遭遇した場合は相当の実力者でなければ単独での討伐は難しい。

 自身の配下であるゴブリンの肉塊を見つけたゴブリンナイトは、漆黒の眼球を深紅に染めて足を踏み鳴らし怒りの声をあげた。


『ゴブリャアアアアアアオオオオッ!』


 三匹のゴブリンナイトが駆け出して二人を追いかける。

 距離にして一〇メートルは離れているだろうか。

 このままいけば逃げ切ることは可能だろう──何もなければ。


『ゲヒャッ!』

「邪魔だ!」


 外に出ていたゴブリンが戻ってきたのか、進んできた時には見かけなかった大量のゴブリンに足止めされてしまう。

 ジルが双剣を振り抜き、メリが魔法をこれでもかと放ち活路を見いだしていく。

 ようやく洞窟の入口が見えたその時である──


「メリはそのまま行け!」

「ジ、ジル!?」


 入口が目と鼻の先まで迫ったところでジルが踵を返してゴブリンナイトと対峙する。


「このままだと外で追い付かれるか、囲まれて終わりだ。メリはゴブリンナイトのことをスペリーナに伝えるんだ!」

「ダメだよ! そんなことをしたらジルが死んじゃう!」

「死ぬつもりなんてないよ。これは生きるための選択なんだ。頼む、助けを呼んできてくれ!」


 言いながら目の前に迫ってきたゴブリンナイトへ斬りかかるジル。

 左手の盾を巧みに操り双剣を防ぎきると、右手の剣を振り下ろす。

 飛び退いて回避したジルは大声でもう一度メリに指示を飛ばす。


「早く! そう長くは堪えられない!」

「……分かった、ファイアボール!」


 メリが放ったファイアボールは目の前のゴブリンナイトではなく、後方から迫る二匹の頭上に着弾して瓦礫を発生させた。


「……メリ」

「絶対に、生きていてね! 助けを呼んでくるから!」


 瓦礫もそう長くは保たないだろう。

 メリは目の前の一匹を二人で倒すことよりも、確実に三匹を倒すために洞窟を出て全力で駆け出していった。


『ゴブリュ! ゴブリュアアアアッ!』

「てめえは俺が相手だ。後ろの二匹が出てくるまでに倒してやるよ!」


 双剣を腰に戻して剣を抜く。

 命を大事にすると誓ったばかりだ、この場で双剣を使い続けるようなバカな真似はしない。

 それでもゴブリンナイトを一人で倒せるかどうかは五分五分といったところだろう。


「先手必勝!」


 駆け出したジルは剣士ソードマンとしての実力を発揮して間合いを一気に詰めると、そのまま横薙ぎを放つ。

 先ほどまでとは明らかに違う速さに驚愕するゴブリンナイトだったが、咄嗟に盾を突き出して防いでしまう。

 ジルは止まることなくゴブリンナイトの腹部に蹴りを叩き込み、その勢いで後方へと飛び距離を取ると着地に合わせて再び加速して肉薄する。

 一本の剣なのだが、その手数は双剣の時よりも多くなり、さらに鋭さと重さも段違いだ。

 ゴブリンナイトは少しずつ、だが確実に後退を余儀なくされていた。


「これなら、いける!」


 そう思ったジル。

 そう──思ってしまった。


『──ゴブリャア?』

『──ゴブリャリャリャ!』

『──ゴブフォオオオオッ!』


 不用意に近づき、後退させてしまったことで瓦礫の目の前まで移動していたジルに対して、残る二匹のゴブリンナイトがタイミングを見計らい瓦礫を押し退けて飛び出してきた。


「そんな──があっ!」


 盾を壁にしてのショルダータックルを受けて吹き飛ばされたジルは壁に背中から激突。

 二匹目のゴブリンナイトが追い討ちを仕掛けてきたのでジルはなんとか剣で防ごうと試みたのだが──


 ──キンッ!


 すでに握力が無くなってきていたジルの手の中から剣が弾き飛ばされてしまう。

 残る武器は双剣と短剣。

 ジルは迷うことなく双剣を抜き放ったのだが、剣士で仕留めきれなかった一匹のゴブリンナイトを相手にして、双剣士ツインソードで三匹も倒せるはずがない。

 守り一辺倒になりながら、今度はジルが後退していく。

 全てを防げるわけもなく、身体中至るところに傷を負いながらなんとか生き延びようと足掻き続けるジルだったのだが──ついに限界が訪れた。


「ぐはあっ!」


 全体重を乗せた再びのショルダータックルを受けて、ジルはついに洞窟の外まで弾き飛ばされてしまった。

 地面を転がり、立ち上がろうとしても力が入らない。


「……まさか、冒険者二日目で、死ぬのかよ」


 これは神様が決めた天職に逆らおうとした罰なのか。

 それともジルの運命だったのか。


「……メリ、ごめん」


 手元からは双剣も無くなり、ゴブリンナイトの攻撃を防ぐ手だてがない。

 動けないジルを囲むように立っている三匹のゴブリンナイトは右手に握る剣を振り上げると──同時に振り下ろした。


 ──ザシュ!


 訪れる激痛に備えるため目を閉じて歯を食い縛る。もしかしたら激痛もなく死んでしまうかもしれない。

 不思議なことにそんなことだけは冷静に考えることができた。

 しかし──ジルにはそのどちらも訪れることはなかった。


『ギイヤアアアアアアアアッ』

『ゴブリャアアアアアアオオオオッ!』


 聞こえてきたのはゴブリンナイトの絶叫。

 弾かれるようにして目を開き、顔を上げた先で見たものは──見知らぬ女性の後ろ姿だった。

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