第10話:リーザ・バイリオン
リザの屋敷は鍛冶屋兼自宅になっており、外観は非常に大きな屋敷である。そのためジルとメリはやや気圧されてしまったものの、リザが手招きをしながら屋敷に入っていったので恐る恐る足を踏み入れた。
「なんで二人ともそんなおどおどしているのよ」
「だってリザ姉、めっちゃでかい屋敷じゃないか!」
「そ、そうだよ! リザ姉、鍛冶師としてすごく成功しているんだね!」
「一応、天職も
照れ臭そうにそう口にした高鍛冶師は二級の生産職である。
三級の
「でも、成功しているのはスぺリーナだからよ。大都市ではそうはいかないわ」
「そうなの?」
「大都市には一級の生産職がゴロゴロいるらしいからね」
「一級が、ゴロゴロ……」
「ジル、難しい顔してどうしたの?」
「……いや、なんでもないよ」
「……まあ、話はご飯を食べながらにしましょうか。ささ、座って座って! お茶も出すからゆっくりしていてね!」
ジルが何かに悩んでいると悟ったリザだったが、すぐに話を聞こうとはせずにまずは腹ごしらえだと言ってリビングへ案内すると、すぐに台所へと移動してしまった。
「わ、私も手伝いますよ!」
「いいのよー! 二人はお客さんなんだからねー!」
そう言って料理を始めたリザ。
台所から包丁のトントンという音が聞こえてくるのだが、リビングの二人は無言のまま。
しかし、メリが意を決して口を開いた。
「……ジル、天職以外の職業を試すだなんて、まだ続けるの?」
「……あぁ」
「でも、今日はゴブリンを相手に危なかったんだよ? あの最弱って言われているゴブリンに!
「……それじゃあダメなんだ」
「……何が、ダメなの?」
メリの悲しそうな声にジルはしばらく何も言えずにいたのだが、ややあって重い口を開いた。
「……俺は冒険者として名を上げる。いつかは
「それなら剣士として名を上げた方が速いじゃない!」
「アッカートを名乗れるようになるだけじゃダメなんだ! 剣士だとすぐに限界が来るし、それだけじゃあ何も変わらないんだ!」
「たったそれだけの理由で自分の命を危険に晒すの?」
「たったそれだけじゃない、俺にとっては大事なことなんだ!」
話し合いは平行線のまま、お互いに睨み合う状況が続いてしまう。
「——何を言い合ってるのよー。そんなんじゃあ美味しい料理が不味くなるわよー。あら、自分で美味しい料理とか言っちゃったわよ!」
そこに明るい声を響かせたのは料理を作り終わったリザだった。
二人は睨み合いながらも少しだけ居心地の悪さを感じてしまい俯いてしまう。
「……どれどれ、こんな時こそリザ姉さんに相談するべきじゃないのかしら? なんでも相談に乗るわよ?」
机の料理を並べながら、冗談交じりに優しい声音で声を掛けていく。
それでもジルは下を向いたまま口を開こうとはせず、その様子を見ていたメリが居ても立っても居られずに口を開いた。
「リザ姉、ジルは天職じゃない違う職業に就こうとしているんです!」
「おい、メリ!」
「天職以外の職業? ……ジル、どういうこと?」
「うっ! そ、それは……」
同じ年のメリになら何を言われても言い返せると思っていたジルだが、姉貴分であるリザには言い返せない。
「お、俺の天職は三級の剣士で、これじゃあ名を上げることができないんだ。だから、他の職業を試してみて可能性を見い出せないかと思ったんだ」
「剣士も立派な職業よ?」
「分かってる。分かってるんだけど、俺は……俺は、一二人の英雄になりたいんだ。そこを目指すには剣士じゃダメなんだ!」
「一二人の英雄? ……はぁ。あんたも変なことを考えるのね」
「……やっぱり、リザ姉も反対なのか?」
天職を疑うことはあり得ない。この教えはリザも幼い頃から受けてきている。
当然、反対されるだろうとジルは怒鳴り声に備えていた。
「……いいんじゃないの?」
「そうだよな。いいに決まって……へっ?」
「リ、リザ姉、今、なんて?」
あまりにも意外な答えにジルもメリも呆気に取られてしまう。
そんな二人の表情を見ながら笑みを浮かべて、リザはもう一度同じ答えを口にした。
「だから、いいんじゃないの? って言ったのよ」
「……は、反対しないのか?」
「反対するも何も、ジルは反対してもそうするんでしょ? だったら応援するしかないじゃないのよ」
「……応援、してくれるのか?」
「天職を否定するだなんて、若い頃しかできないんだからやってみなさいよ。まあ、これが私たちの親世代が言い出したらさすがに止めるけどね」
冗談交じりにそう口にしたリザを見て、ジルは自然と涙をこぼしていた。
「……ご、ごめん、リザ姉。俺、絶対に反対されるって、思ってたから」
「いいのよ。でも、自分が自分のことを信じられなくなったら、潔く剣士として生きていくのよ? 自分の命を軽く見てはいけないからな?」
「も、もちろんだ! 命は大事にして可能性を見い出して見せる!」
「それなら良し! メリは大変だろうけど、ジルを支えてあげられるかしら?」
そして急に話を振られたメリは驚きの表情でリザを見る。
「私が、ジルを支える、ですか?」
「二人はパーティなんでしょ? こんな無茶をするジルを支えてあげられるのはパーティであり、幼馴染であるメリしかいないと思うわよ?」
「……わ、分かりました! 私がジルを支えます!」
「……メリ、いいのか? 今からでも遅くはないし、パペル村に戻ったりスぺリーナで仕事に就くことも――」
「今さらそんなこと言わないでよ。私はジルと冒険者になるためにパペル村を出てきたんだから、最後まで付き合うわ」
「……ありがとう」
笑顔でそう告げてくれたメリに、ジルは頭を下げてお礼を告げた。
「……さて! それじゃあ私が腕によりを掛けた料理を堪能したまえ!」
二人を元気づけようと明るい声でそう告げたリザを見ながら、ジルとメリも元気な声で口を開いた。
「「いただきまーす!」」
その後は話に花が咲き、食事が終わってからも話題が尽きることはなかった。
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